退屈な毎日に刺激的な異世界を

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平凡な俺、田中守は22才。 高校を出てそのまま地元の保険会社に入社。 恋人なし。貯金少々。 会社はブラックではないけどその分給料は安い。 だが使う予定もないので貯金だけは地道に増えている毎日。 営業と言ったって厳しいノルマがあるわけではない。 狭い田舎で阿漕な営業をかませば袋叩きにあってしまう。 適度に茶飲み友達として仲良くなって、必要であれば保険を進める。そんな緩い営業の毎日であった。 趣味もないので毎週月曜火曜の休みであっても、何もやることもなくダラダラと過ごす日常。精々スマホで漫画を読みふける程度だ。 そしてある朝、仕事前に何気なく心に思う。 「そうだ!異世界に行こう!」 そして俺はまず数年開けられていないクローゼットの扉を開けた。 もちろんそこには、実家から持ってきたままのまだ開封されていない段ボールがあるだけだった。 「まあそんなもんか」 まあ当然である。異世界へ行くなら定番は不慮の事故、理不尽な命の終わりであった。 しかし何の保証もなく死ぬわけにはいかない。最悪それも考えよう。しかしそれなら死ぬ前に準備が必要だ。今加入している自社の保険も3倍ぐらいに増やしてから、誰かを助けて代わりに死のう。 そんな事すら考える。 そんな思いで俺は、扉を開けるとそこは異世界という、稀な異世界転移を夢見て扉に手をかけるのであった。 なんとしても『扉を開けるとそこは異世界だった!』を体験したい。そして刺激的な異世界ライフを楽しみたい!そんな思いをこじらせていった。 台所の床にある配管を見るためのふたを初めて開ける。ただ臭いだけであった。 お風呂場へのドアを開ける。寝室のドアを開ける。 当然のごとく何も起きない日常。 「まだ初日だ。焦る必要はない」 そんなことを口ずさみながら、仕方なしに仕事の準備に取り掛かる。 いつもの背広をハンガーから外し着替える。 ふと見える台所のところの小さな窓を開けてみる。薄曇りの空が見えた。これは異世界の空!少しだけ顔を綻ばせ、背伸びして確認する。見慣れた電柱が見えた。 そんなバカらしいことを楽しみながら、準備も終わり鞄を持って狭い玄関で靴を履く。 そして玄関のドアノブを握る手に少しだけ力が入る。緊張で手汗をかきながらゆっくりと開いていく。眩しい光が見えその光の先で……お隣のおばちゃんと遭遇した。 「あ、おばちゃん。おはようございます」 「あらまあー今日も仕事かい?」 「ええ、まあ」 「そうかい。頑張っておいで!」 「ありがとうございます」 異世界みの欠片もない会話である。 そしてまた一日が始まる。 それからも俺は、毎日会社のいたるところを開け続けた。 今度こそ!次こそは!と開け続けた。 時には営業先の他の会社でもドアを開け、怒られる。ちょっとだけ刺激的だった。 それから休みには近くのトンネルにも行った。チャリで行った。トンネルを抜けるとそこは……反対側の山の道だった。当然であろう。 仕方なく来た道を戻る。全速力でペダルに力を籠める。そしてトンネルを抜けると……汗だくだった。 もちろん近所の見慣れた場所だった。 時には森の中でシートをひいて寝ころび目をつぶる。もちろん異世界を切望して目を開けても、そこは寸分違わぬ元の場所であった。 夜もベットで目をつぶる。目を開ければ『森の中に転移していて……』あるいは『白い空間で神と……』なんてことも思いながら何度も開ける。何度開けても知っている天井ばかり見えている。 そのせいかたまに寝不足で遅刻しそうになる。それもまた刺激的だった。 それからも異世界に繋がりそうなスポットは、しらみつぶしに確認した。 刺激的な異世界へと繋がる入り口を探し続ける俺は、少しは刺激的な毎日が送れているようで、それなりに充実している。 あれから10年。 そんな俺は今日も扉をあけ放つ。 ……大切な仲間と共に! 「さあ行こう!今日も激しい戦いの始まりだ!」 「「「はい!」」」 仲間たちの返事ににんまりと笑顔を見せる。そして目の前の重厚な扉を開け、その先の光輝く場所へと足を進める…… 「あら~ケンちゃん!また来てくれたのぉ~。うれし~♪」 俺はなじみの客のケンちゃんの胸に手を置いて、腰に手をまわすとそのまま席へと案内する。今日はこれからケンちゃんをどうもてなしてやろうか……鍛え上げた経験で未知の扉を開いてやろうか…… そんなことを考える。 10年たった俺は未知の扉を開けすぎて、今は人気のゲイバーで店長をやっている。 どうしてこうなったかは、覚えていない。覚えてはいないが悪くはない…… 「さあ、今日も刺激的な毎日を楽しんじゃうわよぉ~♪」 今日も俺の、いや、私たちの刺激的な日常が繰り広げられる予感がするぅ~♪
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