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Ⅲ
私が耕太に出会ったのは、中学三年生の時だ。
初めて同じクラスになった耕太は、サッカー部に所属する活発な生徒だった。
誰とでもフランクに話が出来る、いわゆるモテるタイプだ。
少し前から顔は知っていたが、同じクラスになったことも無かったし、話をする機会も無かった。
中学二年生の時に、同じ学年同士で初めてのカップルができた。学年中がその話題で持ち切りだった。
私も怖いもの見たさと同じような気持ちで、話を聞いた。
両想いってすごい。
私には、付き合うということより、お互いに好き、ということの方が羨ましく思えた。
その彼女の亜希ちゃんと中学三年生で同じクラスになった。
彼氏の杉崎は他のクラスだったが、もちろん彼女のクラスに遊びに来る。
その杉崎がサッカー部だった。
杉崎は、クラスに入る瞬間に大きな声で、
「よう!耕太ー!」
と、声をかけるので、自然と耕太の方に視線が集まる。
杉崎の影響で、私も心の中では「耕太」と呼んでいた。
爽やかに笑う顔、部活で日焼けをした肌。
そして、いつも友達に囲まれている耕太は、
よく窓側に座っていたからなのか、光を放っているように見えた。
キラキラ輝くその光は、何色だっただろう。
その瞬間にどこか遠くに飛ばされてしまいそうなくらい、惹き込まれた。
目が離せなくて、凝視してしまった。
ある日、亜希ちゃんからクラスの女子に
「サッカー部の試合を観に行かない?」と、お誘いがあった。
断る子もいたが、私は参加することにした。
結局、6人の女子が集まった。
学校が休みの土曜日、私服で学校に向かうのは少し恥ずかしかった。
前日から一生懸命選んだ服を着て学校に着くと、グラウンドには、準備を手伝う親の姿があった。
その中の一人が亜希ちゃんに声をかけた。
おそらく杉崎の親なのだろう。
小学生の時とは違い、同じ学校の友達の家に遊びに行くことが無かったので、友達の親の顔はほとんど知らない。
私たちも「こんにちは」と挨拶をした。
杉崎の親の隣に立ち、私たちを紹介している亜希ちゃんが大人に見えた。
少し高台になっている壁の部分に腰掛けて、試合を見ることにした。
ここからは、グラウンド全体が見える。
私はサッカーのルールを全く知らない。
だから、必死にボールを目で追った。
ボールの先に耕太が見えた。
「川上ーーーー!!!」
と、自然に声が出て応援をしていた。
周りも大きな声を出していたので、目立たなかった。
良かった。
試合は負けてしまった。
戦ったチーム同士が挨拶をした瞬間、胸が熱くなった。
亜希ちゃんは杉崎を待つというので、他の5人で先に帰ることになった。
帰り道、試合を見た私たちは興奮が冷めなくて、駅近くのファストフード店でお茶をすることにした。
「カッコよかったねー!」
「すごかったよね。」
「私、ルール分からなかったけど感動しちゃったよ。」
「普段の姿と全然違うから、誰が誰か分からなかったー!」
と、口々に今日の感想を話す。
その時、耕太の名前が出た。
「川上、やっぱりカッコよかったよね。」
一人が言うと、
「ね~!!!」
みんなの声が一斉に黄色くなった。
「いわぶー、声出してたもんね!」と言われたのでとっさに、
「みんなも叫んでたじゃん。」と、私だけじゃないアピールをした。
その後もサッカー部の話で盛り上がり、私たちだけワールドカップを見てきたような興奮に包まれていた。
まだまだ話足りなかったが、時間も遅かったので帰ることにした。
ホームに降りると、片付けをして帰ってきたサッカー部と一緒になった。
さっきまで話題にしていたメンバーが現れたので、照れくさくなって、
私たちはサッカー部とは少し離れた車両に乗り込んだ。
一人降り、二人降り、乗り換えをして、自分の最寄り駅へと向かう電車に乗り込むときに、たまたま耕太と会った。
「みんなで来てくれたんだね。」
「うん。亜希ちゃんが声かけてくれたんだよ。」
「そうなんだ。やっぱり大勢が応援してくれると嬉しいよな~。
親は観に来てくれるけど、女子が来てくれると気持ちが上がるな。」
耕太は、そうやって女子が嬉しくなることをさらっと言ってくれた。
私に対して言ってくれた言葉ではないのに、
「ありがとう。」と、お礼を言ってしまった。
間違えた、と思い話題を変えようと早口になとた。
「ルールが分からなくて、ボールを追うだけで必死だったよ。」
耕太と目を合わさないように、出来るだけ自然に、外を眺めた。
「それでいいんだよ。あまりたくさん知ってると、楽しくないじゃん。楽しく試合を観てくれている方が嬉しいよ。」
耕太は目を合わせようと、私を覗き込むように見て、笑った。
そうなんだ、と言いかけたところで、耕太の最寄り駅についた。
「ここなの?」
「そうだよ、岩渕はもっと先?」
「私はあと3つ先の駅。」
「そうなんだ。気を付けてな。」
耕太はどこか嬉しそうに、降りて行った。
その日の試合が、中学サッカー部としての最後の試合だった、というのを週明けに亜希ちゃんから聞いた。
「えっ、そうだったの!?」
「最初に話しちゃうとみんな意気込むから、秘密にしてたの。ごめんね。」
てへっと笑う亜希ちゃんは可愛かった。
私の中では、電車で話した耕太との会話が思い出されていた。
最後の試合に負けたなんて、悔しいに決まっている。
それなのに、私たちが観に行ったことを喜んでくれた耕太。
「そんな、亜希ちゃんが謝ることじゃないよ~」頭では全然違うことを考えながら、会話を続けた。
教室を見渡すと、いつも通り友達に囲まれて笑っている耕太が見えた。
やっぱり、そこだけ光が放たれていた。
きっと、私は、この瞬間、
耕太を好きになったんだ。
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