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 八幡山木(こ)高き松の種しあらば千歳の後(のち)も絶えじとぞ思ふ  八幡山の高い松の木のように、私に種があるならば、千年後も絶えることがないだろう。  ああ、また夢を見た。 「御台所との間に御子がお生まれにならないのなら、側室をお持ちになりますように」  夢でも、現世と同じようなことを重臣達から言われている。  あれは、きっと前世でも将軍だった私の姿。 「どうか、私に遠慮なさらないで」  夢でも、愛する妻まで、現世と同じことを言う。  前世で子ができなかったのは、病弱だった私に原因があるのだろう。  本当は子が欲しかった。  けれど、それは、御台が産んだ子でなければ意味がなかった。  継承問題を解決するため、亡き兄の一人娘で、姪に当たる姫を私達の養女とした。  御台の甥に当たる親王様をその婿に迎えて将軍職を譲れば、私と御台の血筋も残る。  この路線ならば、母も叔父も文句はあるまい。 「私が、母になるのですか?」  嬉しそうに尋ねる妻の声。  養女になった私の姪とは、年が近いから、妹と言った方がよいかもしれない。  そうだよ、私達の姫だ。  姫ならば、醜い争いに巻き込まれて命を落とすこともない。  御台とのややこが欲しい。  ややこが産まれたら、親として、してやりたいことがたくさんある。  私の手の中に、小さな命の重みがあった。  御台の産んでくれたややこは、念願の姫だった。  けれども、小さな命は、やっとつかまり立ちをして、おしゃまな言葉をようやく口にし始めた頃にこの世を去った。  失われていく命の重み。  月日がたって、また再び、私達は人の親となる縁に恵まれた。  今度もまた、可愛い姫だった。 「若君ご誕生のため、側室をお持ちください」  姫でもいいではないか。  前世ではかなえられなかった夢がかなったのだから。  御台が命をかけて産んでくれた子なのだから。  前世とは違って、今は、大きな戦など起こらない太平の世。  現将軍に男子がいない場合に備えて、東照神君は御三家を創設し、紀州家から将軍職を継いだ私の祖父は、後継確保のためにさらに御三卿を創設した。  私に男子がいなくても、何とかなるものを。  御台がよいのだ。  御台でなければ嫌なのだ。  私には、御台と御台の産んでくれた可愛い姫がいる。  側室なんかいらない。  たとえ、現世での私の血統が絶えたとしても、それでもいい。  私の思いは、何度生まれ変わっても変わらないのだから。
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