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一 館の少女
「麗華様。遅くなってしまいましたね」
「ええ、それよりも馬車はどこかしら」
時は大正。祖父のお見舞いで帝都大学病院に来ていた十歳の子爵令嬢の久世麗華は、お付きの婆やと一緒に帰りの馬車を探していた。予定よりも待たせてしまったせいか、久世家の馬車は待ち合わせの場所よりも遠くに停車していた。
麗華と婆やは停車場まで人波を分けて歩いていた。
「婆や、あそこに見えたわ。さあ」
老齢の乳母を気遣った麗華は自ら馬車のドアに手を掛けた。そしてドアを開いた。
「あら。鞄が、え」
そんな言葉を発する間もなく。麗華の目の前で爆発が起きた。麗華は爆風で飛ばされた。
「君!大丈夫か!おい、しっかりしろ!」
「お嬢様!お気を確かに!ああ、何てことでしょう」
……痛い。体が……
全身が痛む麗華は、騒然とした周囲の景色を見ながら意識を失った。
この東京帝都大学病院で起きた爆発事故は現場近くの門から「池之端爆発事件」と大きく報道された。
一年後、麗華は葉山の別荘にいた。
「麗華、今日は暑いから日焼けに注意ですよ」
「はい。御婆様。行って参ります」
蝉声が響く朝の道を長袖を着た麗華は学校へ向かった。帝都大学病院の爆発事件で左腕に大火傷を負った麗華は、体面を気にする華族の父に嫌悪され、祖父母の隠居先の葉山の学校に通っていた。
日本を騒がせた池之端爆発事件は、帝都大学病院に診察を受けに来た政治家を狙ったものであったが、犯人は誤って久世家の馬車に爆発物を仕掛けたという悲劇の事件だった。
負傷者の多くは爆風で飛び散ったガラス片による切り傷になるが、麗華は火薬がその身体に飛んだための火傷と骨折で重傷だった。
わずかな救いは、長い髪と顎で結んでいた大きな帽子のお陰で顔と耳が守れ聴力が無事であった事と、火傷痕が左腕で済んだということだった。
そんな事件はまだ解決しておらず被害を受けた麗華はひっそりとこの地で暮らしていた。
光る海に目を細めながら緑深い学校に着いた麗華は、教室に入った。
「おはようございます」
「おはよう。麗華ちゃん」
「おはようございます」
今朝も麗華はにこやかに学校にやってきた。転校生だった麗華を同級生の女子は仲良く接してくれていた。
「おう。麗華」
「おはようございます」
「……お前さ。爆発事件の時のお嬢様なんだってな」
「え」
同級生の男子の言葉に教室は好奇の視線で麗華を縛った。
「お前の腕ってさ。その時の爆発の傷なんだってな。うちの父ちゃんが言っていたもの」
「本当なの。麗華ちゃん」
「……それは」
事件の事を話していなかった麗華に、仲良くしていた女子が訊ねてきた。麗華が戸惑っていると男子の兼重は嬉々とし始めた。
「やっぱり本当なんだ。おい。その腕を見せろよ」
「やめて」
「うるせえ。みんな、押さえろ」
ふざける男子の声に同級生は麗華を囲み、嫌がる麗華の服の袖をまくった。
「うわ。ひでえ」
「なにこれ」
「やめて!離して」
泣き叫ぶ麗華を面白がる同級生がさわぐ教室に男性教師が入ってきた。
「みなさん。席に着きましょう。おい、どうしたんだ」
「先生。何でもありません。なあ、麗華」
「……」
いじめっ子の男子の声に麗華は何も言えなかった。こうして悲しく辛い一日を過ごした麗華は、放課後、海辺の道を一人で下校していた。
……綺麗な海。キラキラしている。
遠い砂浜の波音は麗華の心にただ流れていた。東京の家族に忌み嫌われ、ここ葉山でも好奇の目でさらされている麗華は、潮風の中、心を無にして歩いていた。その時、ふと思った。
……このまま、海に落ちてしまえば。
あまりの悲しみにそんな事を思った麗華は、学校鞄を置き、ぼうっと海を見ていた。
「おい、麗華」
「か、兼重君」
いじめっ子の彼は仲間と一緒にやにやしながら麗華に迫って来た。
「なにをするの」
「お前、生意気なんだよ」
「え」
そしていきなり麗華の肩を突き海へ落した。麗華は海へ落ちた。
……うう。くるしい。
足が届かず、麗華は死ぬと思った。もがいても水を掴むことができず、辛い塩水だけが口に入って来た。耳に響く水音の中、死を覚悟した麗華は抵抗を止め、最後に目を開けた。
……ああ、綺麗。海の中は。
青い海、魚の世界、白い砂。時間が止まった海は恐ろしいほど綺麗だった。
その時。大きな魚が麗華の前をさっと泳いでいった。
……いいな、魚は自由で。
意識が遠のく中。大きな波がやってきた。麗華はそれに身をゆだね気が付くと足が届くところにいた。足が付いた時、ほっとした自分は生きたいと思っていると麗華は自覚した。
海から上がりよろよろで学校鞄の場所に戻るとそこには少年はもういなかった。
……帰ろう。お爺様とお婆様が待っているもの。
ずぶぬれの麗華は鞄を持ち、潮騒と夕暮れの日差しの中、祖父母の屋敷へと帰り出した。
途中に通る商店街の人たちは、異様な様子の麗華に外に出てきた。
「あんた、海に落ちたのかい」
「大丈夫かい?あんた久世さんちの孫さんだろう?」
「……大丈夫です」
……もう、どうでもいいもの。
先ほど海に落ちた麗華は本当に死ぬかと思った。しかしそうはならない自分は死ぬことも許されないような、そんな気がした。
……火傷痕なんか、どうでもいいわ。
開き直りなのか自暴自棄なのか。麗華は今の自分はどうでもよい気分になった。
両親に忌み嫌われ、同級生に奇異の目で見られてもそれはもう仕方がないことだと麗華は空を見上げた。
夏の空は青かった。濡れたままの麗華はこれに笑みを見せた。
「ねえ。この手ぬぐい貸そうか」
「平気です。ありがとうございます」
濡れた服から透けて見える腕の火傷痕を隠すことなく、麗華は葉山の商店街を抜け坂道を上がり屋敷に帰って来た。
「おかえり。まあ、麗華、どうしたの、あなた。麗華が」
「どうした大きな声で。麗華、海に落ちたのか」
心配する祖父母に少し衣服が乾き始めた麗華は鞄を肩から下ろし、静かな笑みを見せた。
「うん。でも平気よ」
「だめですよ。ああ、火傷の痕が塩水で赤くなって」
「医者に行くか。熱もあるようだし」
この日。優しい祖父母の勧めで医者の治療を受けた麗華は学校を休むように言われた。火傷痕が日焼けし腕が痛かった麗華は、数日休んだ。
翌週。学校に来た麗華は、教室で兼重や他の男子にからかわれた。
「お前、泳げるんだな」
「死にそうだったよな?ハハハ」
「……」
麗華は兼重たちを無視した。すると兼重が眉間に皺を寄せた。
「おい。無視するなよ。東京から来たからって。すましやがって」
「痛い。離して」
包帯が巻かれた左腕をあえて掴む兼重に、麗華は抵抗した。この場に教師がやってきたので兼重は麗華を開放した。そして長い一日が始まった。
「次は体育です。久世君は保健室にいなさい」
「はい」
教師にそう言われた麗華は勉強道具を持ち保健室で自主勉強をしていた。
夏の午前中。保健医ものんびりと本を読んでいるのどかなその時、校庭から騒がしい声が響いた。
「久世さんも聞こえる?」
「はい。何かあったのでしょうか」
立ちあがった二人は校庭側の扉を開けた。そこに体育の授業をしていた教師が飛び込んできた。
「先生。生徒が蜂に刺されました!」
「蜂ですか?久世さん、申し訳ないけれどそこを避けてちょうだい」
「わかりました」
緊迫した様子の中、保健室にぞくぞくと入って来たのは麗華の同級生達だった。痛みで泣いている生徒を背に、教師は早口に保健医に説明をした。
「ふざけて蜂の巣を突いたようです。すみません。まだまだ校庭に生徒がいます」
「……久世さんここで見ていてくれる?私は現場に行ってきます」
「はい」
緊迫した様子に麗華は保健室に自力でやってきた同級生を冷静に確認していた。
「刺された場所はどこ」
「ここと、ここ」
麗華は箇所をじっと見た。
「水で洗い流した方がいいわ……そして。心臓よりも高くして、動かない方がいいわ。そして、あなたは、どこを刺されたの」
「あ、足」
床に座っていた男子の脛は赤く腫れていた。麗華は箇所を確認した。
「軽く縛っておくといいわ。ええと」
麗華は冷静に本人が首にしていた手拭いで足の根元を縛り、心臓よりも高く足を上げせて寝かせた。そして次の同級生を確認した。男子は痛みで泣き叫んでいた。
「う。ううう。うわあああ」
「興奮すると毒が回るわ。落ち着いて。はい、お水を飲んで」
「久世、そこを開けてくれ」
淡々と麗華が看病しているとここに兼重が担ぎ込まれた。彼は全身刺されているようで真っ赤になっていた。
「久世!保健の先生はどこだ」
「職員室に行ったはずです。あ」
ここで救急車のサイレンが聞こえた。保健医と校長が血相を変えて保健室に戻ってきたが、重症の兼重の様子に息を呑んだ。
「これは」
「どれだけ刺されたのですか」
校長と保健医の問いに担任は額の汗を拭った。
「兼重が草むらに入り巣を突いたようで、それで蜂に囲まれてしまって……私も助けに行けませんでした」
大人が絶望する中、兼重は痛みでしくしく泣きだした。やがて救急隊が入った。彼らは重症の兼重に息を呑んだ。
「まず。彼を病院に運びます」
「担任の先生ですね。刺した蜂の種類はわかりますか」
「ええと、確か」
慌てる教師に麗華はそっと話に入った。
「……先生。これです」
麗華は死んで落ちていた蜂を保健室の小瓶に入れて渡した。
「キイロスズメバチだと思います」
「確かにそうだね。これはもらうよ」
「はい」
「広!広は、あああ」
ここで兼重の母がやってきた。息子の変わり果てた姿に母親はパニックになり、保健医が抑えた。
「これから病院に行きますから」
「広!広!」
救急隊員はそんな中、担架に彼を乗せて救急車に乗せていた。大人たちが搬送先を話し合っている時、無傷の麗華は車内の寝台で麻痺で震える兼重を見ていた。
「み、みず」
「……先生。兼重君が水を飲みたいって」
「どいて広!母さんだよ」
麗華の呼びかけに母親が絶叫した。そして兼重は救急車で運ばれたが帰らぬ人となった。
「ただいま」
「お帰り麗華」
「お爺様。何をしていたの」
「ん?ちょっとな」
庭にいた子爵の老齢祖父は穏やかな笑みを見せた。
「お前の同級生が蜂に刺されて亡くなったからな。我が屋敷に巣が無いか確認をしていたのだよ」
「そう」
「葬式に行った人に聞いたが、ずいぶん粗暴な少年だったようだね。お前も意地悪をされていたんじゃないのかい」
「……兼重君はみんなにそうしていたから」
「因果応報、か。それにしても子供が死ぬのは悲しいね」
祖父は空を見上げた。
「麗華。お前は腕にそんな痕があるが、それは幸運だったのかもしれないぞ」
「この腕が?」
不幸の塊だと思っていた麗華は思わず左腕を見た。祖父は続けた。
「ああそうだ。今回だって保健室にいたからお前だけ助かったんだ。まあ本来であればはお前は東京の女学校に通って、ここにはいなかったがね」
「……お爺様」
麗華はこの祖父の見舞いに来て帝都大学で被害に遭っていた。祖父もまた麗華の傷痕を自分のせいだと心を苦しめていることを麗華は知っていた。
「お爺様。麗華はお爺様とお婆様とここで暮らせて幸せです」
「こんな田舎でかい」
憂いを称える祖父の腕に抱き付いた麗華は励まそうと微笑んだ。
「ええ。だってお爺様が釣った魚を食べられるのですもの」
「おお、姫よ。申し訳ない。今宵は買って来た魚だよ。ははは」
「まあ。ふふふ」
笑う祖父に麗華は寄り添っていた。
「ははは。あ?そうだ!麗華よ。学校からお前の応急処置が素晴らしかったと連絡がきたが、なぜそんなことを?」
「たまたま入院中、医学書で読んでいたから知っていただけよ」
「そうか……」
……虐める相手を助けた、か。
葬式の参列や学校から麗華が同級生に虐められていると聞いた祖父は、そんな同級生を助けた麗華に目を細めた。
腕の傷を両親に忌み嫌われ、葉山にて学校に通う麗華は、自らを苛む老齢の自分を気遣ってくれる優しい娘だった。
……こんな心優しい麗華を蔑むとは。我が息子ながら情けない。
家督を譲った息子に苛立つが、彼はそっと孫娘の頭を撫でた。
「麗華は偉いな……ん」
「スイカですよ」
ここで祖母の声がし、二人は顔を見合わせた。
「麗華、スイカだ」
「また庭で種を飛ばすの?」
純粋な瞳でまっすぐ自分を見ている麗華に祖父は心を熱くした。
「もちろん。今日は負けないぞ」
「麗華も本気を出します」
こうして葉山の優しい祖父母の元、麗華は健やかに強く育って行った。
勉学は一番。そして子爵の娘として嫁に行けない可能性を危惧した祖父母は、麗華が仕事をし自立できる女性になれるように様々な事を学ばせた。
久世家の令嬢としての教養はもちろん、料理や掃除、洗濯に裁縫。さらに野菜を育てさせ、釣りもさせた。
また蜂に刺された時の麗華に看護された同級生たちは、麗華への冷遇を反省し、優しく接するようになった。
こうして優秀であり意欲的な少女の麗華は、海辺の葉山にて立派な娘へと成長した。
そして祖父が亡くなり、祖母も亡くなった麗華は、十八歳となり東京の久世家へと帰って来た。
◇◇◇
「麗華。悪いがお前は一度家を出た娘だ。よってこの家の娘は万理華になる。それを心せよ」
「はい。お父様」
「今、わが屋敷の使用人が足りないのです。あなたには家の仕事をしてもらいます」
「はい、お母様」
……お爺様の予言通りね。
葉山の祖父は亡くなる前、麗華を案じていた。それは自分が亡くなった後、麗華が実家に呼ばれ冷遇されることだった。この対策として祖父は麗華に財産の一部を残したが、想定よりも祖父は早く亡くなってしまったので未成年の麗華は遺産を自由に使えずにいた。
「それに。その腕の傷は他人に見せてはならぬ」
「私たちに恥をかかせないでちょうだいね」
「かしこまりました」
……二十歳になるまでよ。それまではここで頑張ろう。
久世家長女の麗華は、密やかな思いを胸に両親に頭を下げた。
こうして麗華は久世家の使用人として久世家にいることになった。
◇◇◇
「麗華様。今朝も良い天気ですよ」
「そうね。洗濯物が渇きそうね」
麗華は女中姿で微笑んだ。日焼けを避けた白い肌。長い黒髪を結び、静かにたおやかにほほ笑んだ。葉山で育ったとはいえ元来の性格のせいか、身のこなしは品よく婆やはうっとりした。
そんな家事をこなす麗華の背後から、足音が聞こえてきた。
「お姉さま。私のブラウスのアイロンをかけたのはお姉さま?」
「そうですけれど」
すると妹はブラウスを麗華に投げつけた。
「私に恥をかかせるつもり?こんな皺なんかつけて」
「ひどい皺ですね」
「言いわけなんか聞きたくないわ」
「まあ、何を騒いでいるの」
この場にやってきた母の広子は、そっと妹に寄り添った。
「見て、お母様。お姉さまが私のブラウスにこんな皺を」
「麗華。お前はまた、こんな嫌がらせを」
自作自演の妹の意地悪に麗華はため息をついて謝って見せた。
「お母様、申し訳ありませんでした」
しかし、母は妹の肩を持った。
「万理華や。そのブラウスはもう捨てましょう。婆や。針子を呼んでおくれ。万理華のためにつくりますので」
「……かしこまりました。奥様」
頭を下げる婆やを無視し、万理華は母の腕にしがみついた。
「お母様。万理華は銀座の店に行ってみたいわ」
「そう?ではそうしましょうか。ホホホ」
そういって二人は廊下を去っていた。麗華と婆やはため息をついた。
「麗華様、そのブラウスはいかがしますか」
「勝手に処分しても、後で返せと言ってくるかもしれないわ。もう一度アイロンをして保管しておきましょう」
呆れた態度の麗華に婆やは悲しく目を細めた。
「ど、どうしたの」
「……おいたわしい。麗華様は何もしていないのに」
「婆や、それよりもお洗濯よ」
婆やを励ました麗華は、水場に移動し、洗濯を終えて外に干していた。
……良い天気。葉山も晴れているかしら。
東京に戻った麗華は学校にも通わせてもらえらずにいたが、これも想定済であった。久世家では二十歳にならないと成人扱いにならず財産を動かせないため、麗華はあと一年程、実家で家事をしながら過ごすつもりでいた。
「麗華、麗華はどこに」
「お母様、ここにおります」
呼びつけた母は眉間に皺を寄せていた。
「玄関の花が萎れています。それに、玄関が泥だらけでしたよ」
「申し訳ありません」
「良いですか、麗華。お前はもうお嫁に行けないのですよ」
母は真顔で麗華に説教を始めた。
「そんな醜い怪我の痕がある娘は誰ももらってくれません。だから私はお前が一人で生きていけるように躾をしているのです」
「はい。お母さま」
「……反省が足りないようですね。反省部屋においでなさい」
「はい……」
麗華は母に言われるまま、母の部屋の隣にある小部屋に入った。麗子はそこで分かり切ったように掌を見せるように差し出した。母もまた腕をまくり支度をした。
「いいですか。これはあなたのためです」
「はい」
麗華は白いハンカチを自ら口にはさんだ。母は鞭を取り出すと。麗華の白い手に打った。
ピシという音に、母の目が光った。
「お前が悪いのです!全部、お前が!」
母の鞭は躍るように麗華の手に走った。麗華の声なき悲鳴に額に汗を流す母は嬉々として鞭を振るった。
昔から父は付き合いと称し若い女性と外出することが多く、母はいつも麗華に八つ当たりをしていた。こんな母は葉山から戻った麗華には躾といい鞭を振るうようになった。
この鞭は麗華のためではなく、母の疲れで停止した。肩で息をする母に部屋から出て行くように言われた彼女は、痛みをこらえて退室した。
……早く。薬を飲まなくちゃ。
むち打ちの傷から菌が入り、熱が出たことがある麗華は、密かに医者から薬を
もらい、服用するようになっていた。
麗華の主治医はすべてを知っていたが、華族の久世家の醜聞に目を瞑っていた。
……真っ赤だわ。手袋をしないと。
やがて薬を飲み自分で消毒をした麗華は、痛々しい手を抱え家事に向かった。
そんな麗華を父は知っているはずなのに、母に忠告することはなかった。
久世家の娘は万理華だけ。そんな自分はただ一年間を過ごすことだけを想い、麗華は暮らしていた。
そんなある日。久世家がどこか騒がしかった。
「婆や。何かあったの」
「いや、その。ですね」
慌てる婆やが不思議であった麗華の背後から万理華がやってきた。美しい洋服で彼女は微笑んだ。
「お姉さま。私に縁談が来たのよ」
「万理華ちゃんに」
「ええ。お姉さまよりも先にね」
嬉々とした彼女は女中服の麗華を腕を組んで見下した。
「実業家の高園様よ。爵位もお持ちの方で、是非にと申し込まれたのよ」
「そう」
近いうちにこうなると思っていた麗華は特に何も思わず、掃除していた窓をまた磨きだした。
「なによ、その態度!あ。お姉さま、もしかして妬んでいるの?」
バカにした万理華はくすくす笑った。
「そもそも、お姉さまに縁談なんかくるわけないじゃない。それどころか、そんな体で嫁に行けるわけがないでしょう」
「そうね。万理華の言う通りね」
「な、なんですって!」
麗華の悟った態度に万理華は真っ赤になって怒った。ここに足音がした。
「万理華様、旦那様がお呼びです」
呼びにきた女中に万理華は振り返った。
「あら。花嫁道具の相談かしら?ではお姉さま、そういう事で」
万理華は嬉しそうに麗華が拭いた窓に手をべったり付けにっこり微笑み、廊下の奥へ去って行った。麗華は万理華が付けた指紋の汚れに目を細めた。
……縁談か。私には関係ないもの。
左腕に火傷痕があり両親に冷遇されている麗華は、とっくに結婚は諦めていた。
万理華の縁談で久世の屋敷が騒がしい中、麗華だけはいつもの通りに家事を進めていた。
そんな麗華は後日、両親に呼び出された。
「聞いていると思うが、万理華の縁談が決まった」
「おめでとうございます」
「まあ?心にもない事を」
父の貴仁の話に広子は身を乗り出して麗華に迫ったが、貴仁は制した。
「お前は黙っていなさい。麗華よ。そこでお前の事だ」
対面を気にする貴仁は、結納の席に来るなと説明した。
「向こうはお前のような姉がいるのはご存じだ。しかし、万理華の手前、表立った席には出すつもりはない」
「……わかりました」
……良かったわ。その方が。
無理して円満家族を演じるよりもこの方が気楽だと麗華は思った。父の話を承諾した麗華は、結納の当日を迎えた。
「ああ!髪型が気に入らないわ!高園様に会うのに……」
「ま、万理華ちゃん。綺麗よ」
「お母様は黙っていて!もう、時間がないのに」
「麗華!麗華も手伝ってあげなさい」
「はい」
侍女が整えた髪型は万理華の指示通りであったが、本人は荒れていた。麗華は侍女のために万理華の支度を手伝った。
ドレス姿の万理華の髪を、麗華は背後から見つめた。
「髪飾りをここじゃなく、ここにしましょうか。その方が万理華ちゃんの顔が小さく見えるわ」
「いいからやって!」
「……これで、どうかしら」
「いいじゃないのそれで。もう時間がありません。行きますよ」
こうして両親と万理華はやっと出かけて行った。嵐のような出発に麗華も使用人も思わず肩の荷を下ろした。こうして麗華は久世家で留守番をしていた。
……静ね。久しぶりだわ。
海辺の葉山で静かに育った麗華は、気難しい両親と意地悪な妹の不在に心を軽くしていた。蒸し暑い部屋で麗華は気を許し、火傷痕の長袖をまくった。
いつもは痕を隠して過ごしている麗華であるが、使用人達は真夏の長袖の麗華を心配し、傷を気にせず涼むように言ってくれていた。
こうして麗華はのんびりと万理華のドレスのほつれを裁縫で直していた。そこに使用人が声を掛けてきた。
「麗華様。お客様ですが、いかがなさいます」
「お父様もお母様もいらっしゃらないとお返事して」
「それが、麗華様にお会いしたいと申されて」
「私に?」
心当たりがない麗華は、会わないと伝えさせた。この出来事を奇妙に思いながら麗華は針を進めていた。
この時、背後の扉がバタンと開く音がしたため麗華は振り向き確認した。
……誰か来たと思ったけれど。気のせいね。
そして再び前を見ると、白いカーテンを揺らす窓辺に男性が立っていた。
「きゃ」
「おっと」
軍人の恰好の彼はそっと麗華の口をふさいだ。
「どうか大人しくしてほしい」
大きな手の低い囁きは優しかったが、麗華はばたばたと暴れた。
「君に危害を加える気はない。私は久世麗華嬢に会って確認したいだけだ」
「うーう」
「本当に聞きたいだけだ。しかし、暴れるなら縛るぞ」
……え。それなら。
大人しく従ったふりをして、助けを呼んだ方が得策と思った麗華は、男に頷いた。
「いいか……離すぞ」
……今よ。逃げ。あ!
この隙に麗華はさっと逃げ出そうとしたが、男は再び背後から麗華を抱き留めた。
「おっと。素早いな」
「離してください」
「教えてくれたら話す。女中よ。久世麗華嬢は高園と婚儀を結ぶのではないのか」
麗華を女中と思っている男に麗子はやんわり答えた。
「結婚するのは妹の万理華です」
「妹?姉の方ではないのか」
驚いた彼は麗華を抱く力を緩めた。麗華は大きく息を吸った。
「そうです。今頃は帝国ホテルで結納です」
「……」
「もうよろしいですか」
「娘、では、麗華嬢はどこにいる」
「……それは」
「本人に確かめないとならない。麗華嬢はどこだ」
……でも、私だというのは怖いわ。
男は麗華をくるりと自分に向かせた。長身、太い眉、凛々しい目元の彼はじっと自分を見つめていた。
「娘!」
「痛い。お離し下さい」
「あ、これは」
男が掴んだ麗華の左腕には火傷痕が広がっていた。これに男が怯んだ時、麗華の背後のドアが開いた。
「麗華様。そろそろお茶にしま、きゃああああ」
「婆や、逃げて!」
使用人に叫んだ麗華に男は眉をひそめ、そっと麗華を抱き顔と顔を近づけた。
「君が?」
「ぶ、無礼者!」
その顔の近さに麗華は男の頬を平手打ちをした。男は驚いたが、まだ麗華を抱きしめ見つめていた。
「……そうか、そういうことか」
「離してください!誰か、狼藉者よ!」
必死に抵抗する麗華に男はそっと離れた。
「驚かせてすまなかった。ではこれで」
男はさっと窓からでていった。婆やが腰を抜かしている間、麗華は窓から彼を見た。風のように庭を走り去る彼は一瞬振り向き。麗華を見たが走り去っていった。
◇◇◇
「副司令官?その顔は」
「気にするな。本人は屋敷にいた」
「では、やはり」
「ああ。高園と結納をしているのは妹の方だな」
後部座席で腕を組み頬に平手打ちの赤みが指す彼に、運転している部下は尋ねた。
「おかしいですね。高園は確かに麗華嬢に縁談を申し込んだはずですが」
「それよりも山本。麗華嬢を調べ直せ。屋敷では女中の恰好をして針仕事をしていたぞ」
「女中の恰好?調べと違いますね。確か情報では『贅沢三昧のわがまま娘』という事でしたが」
「……まずは屋敷に戻る」
……一体、これはどういうことだ?麗華嬢は悪女ではないのか。
不機嫌そうに腕を組む彼を乗せた車は、東京の町を駆け抜けて行った。
その夕刻。久世家の両親と万理華は帰宅した。
「お帰りなさいませ」
「この荷物を部屋に運んでおけ」
「ああ、くたびれました。それにしても素晴らしい結納でしたね」
父と母の荷物を受け取った麗華に、万理華が続いた。
「そうね。あら。お姉さま、申し訳ないけれど、車に結納でいただいた贈り物がたくさんあるの。運んでくださらない?」
「はい」
……不審者が入った話は、後で報告しましょう。
楽しい気分に水を差すのを侍従長と視線で中止を決めた麗華は、女中達とともに車に向かった。そこにはたくさんの贈り物があった。
「お嬢様、ここは私達が運びます」
「ううん、私も運ぶわ。よいしょ」
美しい紙箱を運んだ麗華は、父の指示で客間に運んだ。部屋は山積みになった。
「それはドレス。それはバッグとおっしゃっていたわ」
「高園様なら高価なお品でしょうね」
嬉々とする万理華と母の背後で、麗華は荷物を運び終え額の汗を拭っていた。
そんな麗華を万理華は冷ややかにみていた。
「ねえ。お母さま、開けてみましょうよ」
「そうですね。確認をしないと」
ここで万理華はちらと麗華を見た。
「お姉さまにも見せてあげる。そこにいてちょうだい」
彼女は目を輝かせて箱を開けた。そこから友禅の見事な着物が出てきた。
「まあ。お母さま、ご覧になって」
「それは高級な品よ。さすが高園様だわ」
万理華は手に取り、身に合わせてはしゃいでいた。見せびらかすように翻すと、ひらと白いカードが麗華の足元に落ちた。
「まあ、私への御手紙かしら」
「麗華、万理華に渡しなさい」
「はい……あれ」
そのカードには『愛しの麗華様』と記されていた。
「あの、これですが」
不思議に思いながら母に渡すと受けとった母の顔色が変わった。これに万理華が気が付いた。
「お母様、どうされたの」
「い。いいえ。これは着物の説明書よ。気にすることはないわ」
母は万理華に知られないようにこのカードを握りつぶした。それを目撃した麗華を母は睨んだ。
「麗華。後で私の部屋に来なさい。さあ、万理華ちゃん疲れたでしょう?」
急に猫なで声に変わった母はドレスを父に見せるように促した。そして母は麗華を自室に呼び寄せた。
「麗華。先ほどの手紙は誰にも話してはなりません」
「はい」
広子は落ち着かせようと洋酒をグラスに注ぎ、一気に飲み干した。
「こ、これは。高園様の世話係りが名前を間違えただけです。今後、もし同じような事があっても万理華には見せてはなりません」
「はい」
必死の母が不思議であったが麗華は応じた。
「もういい。下がりなさい」
疲れた顔の母を見ながら麗華は退室した。
……それにしても。万理華ちゃんは嬉しそうだったわ。
気位の高い妹は幼い頃からわがまま放題であり、周囲の注目を引くために麗華に意地悪をされたと嘘を言うような妹だった。両親が姉妹を比べる中、事故で酷いケガを負った麗華を、万理華は蔑むようになっていた。
葉山で静養していた自分は久世家にとってすでにないような存在だった。長女の自分よりも贅沢で幸せな女の道を進もうとしている妹を麗華はただ、無痛で見守っていた。
……さて。今夜のお食事の支度をしなきゃ。
妹の待遇と比べても仕方がない麗華は明日しか見ていなかった。
そんな久世家の令嬢の麗華は、足早に厨房に向かっていた。
そして十日後の久世家では万理華の輿入れが決まり準備で慌ただしくしていた。その時、来客があった。
「失礼いたします。私は伯爵家の葉室家で執事の平坂と申します。久世家の旦那様に心よりご挨拶を申し上げます」
「こちらこそ。あの、葉室様がどのようなご用件でございますか」
久世家よりも格式が上の葉室家の使いに、久世の父と臨席の母は緊張していたが、老齢の平坂はにっこり微笑んだ。
「実は、縁談の申し込みでございます。久世家ご長女の麗華様を、我が当主の丞太郎様がぜひにと申しておりまして」
「麗華を?葉室様が」
「あの、それは真でございますか」
驚く父と母に平坂ははっきり言い放った。
「はい。『長女の麗華様』です」
「麗華を……」
「あなた、これはいったい」
困惑する彼らに平坂は出されたお茶を一口飲んだ、
「おや。どうされましたか」
「いえ、あの我が家は、下の娘の婚姻が決まったばかりでしたので」
「……そうですか」
動揺なのか顔色が悪い母に平坂は続けた。
「我が葉室家のご当主、丞太郎様は亡くなっお父上の事業も引き継ぎ、現在は葉室商事の経営者です。伯爵の爵位もお持ちで帝様の関係者と友人関係にあり、文武両道に優れ大変人望のある御方でございます」
「はい。存じております、ですが、その」
「その?」
「なぜうちの麗華なのでしょうか。大変喜ばしいお話ですが」
「平坂さんとおっしゃいましたね。私から説明します」
広子は息を呑んで話し始めた。
「麗華はその、幼い頃に事故に遭いましてね。それ以来屋敷内にて静か暮らしております。私も母として娘を心から案じておりますが、とても葉室様の嫁など恐れ多く務まると思えません」
「そうですね。私もこの申し出は父として光栄です。しかし娘は体も弱く、とても表に出せるような娘ではございません」
名家を相手にしている久世の動揺している様子に平坂はふうと息を吐いた。
「それは……我が葉室家からの縁談を断ると、そういうことでしょうか」
「いえ?そこまでは、その」
どこか凄みがある平坂に父は額の汗を拭いた。
「そういうわけではありませんが、できればその。そちらから」
歯切れの悪い久世に平坂は微笑を返した。
「それでは。手紙に書いてある日時に顔合わせのためにお迎えに上がります。あ。それとこれは、丞太郎さまからの贈り物でございます。ではどうぞ、よろしく」
そういうと荷物を置き平坂は帰ってしまった。久世夫婦は困惑していた。
「あなた。これはどういうことなのでしょうか」
「……麗華ばかり、なぜ」
万理華が嫁ぐ高園家から来た縁談も、実際は麗華を所望したものだった。
しかし、傷がある麗華よりも万理華を裕福な高園家に差し出したかった久世は、高園には美麗に着飾った万理華を会わせていた。
相手の高園は困惑していたが、ここは政略結婚であり高園の両親が万理華を気に入ったため久世は安堵していたところであった。
しかし今度の縁談の葉室家は、それよりも爵位も資産も格上の相手であった。
「葉室様か。こちらの方が万理華に良かったのかもな」
「あなた、今から万理華に変更できませんか」
「できるわけがないだろう?万理華は高園家にもうすぐ嫁ぐのだぞ」
頭を抱える両親のもとに、何も知らない万理華が部屋に入って来た。
「お父様!先ほどのお客様は葉室家の人だそうね。まあ。それは私へのお祝いの品かしら」
「いや、それは」
「万理華ちゃん。それはね」
「嬉しいわ!開けていいわよね。まあ」
結婚を控え浮かれている万理華は勝手に美しい箱を開けた。中に藤色のドレスが入っていた。
「これは絹ね。素晴らしいわ。ねえ、お母様」
「万理華!それに触るな」
「え」
優しい父の怒り声に万理華は驚き、手を止めた。広子はやんわりこれを補佐た。
「万理華ちゃん。それは違うのよ、ごめんね」
「……どういうこと。ねえ、どういうことなのよ!」
ヒステリックに叫ぶ万理華に父が面倒そうに話した。
「いいから出て行きなさい。そして、麗華を呼んでくれ」
そして呼び出された麗華は、深刻な顔の両親を前に座った。
「お前は最近、何かをしたのか」
「いいえ。普段通り屋敷にいただけです」
「縁談が来ている。葉室家だ」
両親は困惑のまま麗華に説明をした。女中姿の麗華は話をじっと聞いていた。
「葉室家は我が家よりも爵位は上だ。さらに昔から帝の側近を務めている家系だ。今回の丞太郎氏もおそらくその任務をされているはずだ」
「そう、なのですか」
……急にそんなことを言われても。
結婚など無縁と思っていた麗華に両親は続けた。
「……だが、葉室様はお前のその傷をご存じないのだ。だからお会いをして、お前の口からご説明をしろ」
「そうよ、麗華。私には結婚は無理ですって。断ってきなさい」
……どうして、そんな事を言うのかしら。
確かに腕に傷がある麗華は相手にそう言うつもりだった。しかし、親の気持ちが恐ろしくこぼれてきた。
「まあ、お前のような出来損ないの娘が私達よりも爵位が上がることなど、合ってはならないことだぞ」
「そうですわ。私達よりも位が上になるなんて絶対に許しませんからね」
……そんな事を考えているなんて。
娘の幸せよりも自分達の事しか考えていない親の心情に、冷めていたはずの麗華の心は一層冷えた。
……それに。そんな指示を受けなくても、この私を見れば誰でも断るのに。
心寒い麗華は話を終わらせるためには頭を下げた。
「わかりました。麗華は丁重にお断りしてきます」
「うまく断るのよ」
「麗華。私達に決して恥をかかせるな。お前の一存でなんとかするのだ」
「わかりました」
こうして退席した麗華は、贈り物を持たされ自室に戻った。
……私が、お見合いか。
どこにも嫁には行けないと幸せを諦めていた麗華は、自室でひとまずドレスを広げた。美しく上等な藤色のドレスは長袖で、麗華の傷を隠してくれる形であった。
……これを着て来いという意味かしら。まあ、私は他には何もないし。
断るために見合いに行く麗華は大人の都合を受け入れた。こうして麗華に縁談が来て以来、母の鞭うちも止んだ。そして麗華は、見合いの当日を迎えた。
「奥様、麗華様の支度が整いました」
「今、行きます」
婆やの声に広子は麗華の部屋に向かった。開いた扉の向こうから藤色のドレスを纏った麗華が振り向いた。
いつも結んでいた髪は美しくまっすぐな黒髪であり、日焼けを避けていたその肌が白く透き通っていた。
「そ、その姿は」
「婆やが支度を手伝ってくれました」
いつもは長い前髪で顔は隠し気味の麗華は、長いまつ毛でうっすら桃色の頬を輝かせており、あまりの気品に母を驚かせた。
「お、お前、その化粧は?それに靴はどうしたのです」
「ドレスの他に靴が入っておりました。その中に口紅が入っていたので、これだけを婆やに言われて付けました」
「お母様。私にも見せて。まあ。お姉さま……」
美しく佇む麗華に、万理華も一歩引いてしまった。しかし全く無頓着の麗華は時間を気にしていた。
「……そろそろ時間ですね、お父様に挨拶をします」
麗華は自分の身なりを一切気にしていないが、優雅な心と気品がこぼれていた。
眩しい麗華に圧倒された二人であるが彼女は迎えの車に乗った。東京の町を駆け抜ける車の中、麗華はけだるい気持ちで窓の外を見ていた。
……この腕を見せれば、お断わりになるはずだもの。
空しい気持ちを抱えた麗華は、早く時間が過ぎればよいと美しい瞼を閉じていた。幸せを諦めていた麗華は破談の思いを抱き、膝の上で手を結んだ。
葉室家へ向かう車は憂いに満ちた麗華を乗せて揺れていた。
一話「館の少女」完
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