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「あんたみたいな子はあたしの子じゃない! 出てけぇ!」
「おぉ上等だぁ! わたしだって好きでこんな家に生れたんじゃないやい! 出てってやらぁぁ!!」
というような会話がなされたのがおよそ三十分前。
きっかけが何だったのかは、頭に血が上り過ぎたせいでもう覚えていない。
何かを注意され、そこからお小言が止まらなくなって、結果激突したのだ。
どうしようもなくブチキレたわたしは、自分の部屋に戻って財布とスマホを持つや否や、速攻家を出た。
――行き先? 知らん! 自転車に聞いてくれぃ!
念の為にブタの貯金箱をリュックに突っ込んで持ってきた。
そうやって財布の中の五千円と貯金箱の二万円、計二万五千円を手にしたわたしは、旅立ちの高揚感もあってか、ある種の無敵感に包まれていた。
これだけあればどこででも生きていける!
――いざとなれば割っちゃるけんのぅ! 覚悟せいや、ブタさん!!
こうしてわたし、東雲美樹・十四歳は、生まれて初めての家出をすることとなった。
と、いうことで――。
わたしは自転車を漕いで農道に出た。
田舎町のため、どっちを向いても畑や田んぼばかり。
どこに行くにもまず農道にぶつかるのだ。
だが、信号も無い、車もあまり通らない農道を、わたしは上機嫌で自転車を漕いでいた。
なんたってこの農道の先には、都会まで繋がる大幹線道路があるのだから!
ニヘラニヘラ笑いながら、この先に待つ明るい未来を思い浮かべていたところ――。
「美樹ちゃん、どこ行くのん?」
突然声を掛けられた。
振り返って見ると、田んぼに向かう途中なのか、隣の安田さん家のオバサンが白の軽トラを運転しながら話し掛けてきた。
――おいおい。いくら農道で対向車も信号もないとはいえ、運転しながら並走する自転車と会話をするのはどうかと思うぞ?
いきなりのことゆえ、わたしもしどろもどろになる。
「えっと……」
「ちょうど良かった。オバちゃんさ、これから田んぼ行くのよ。悪いんだけど牛乳一本買っといてくれない?」
「は?」
「あとでお金払うから。よろしくねぇ!」
言うだけ言って、安田のオバサンは軽快に軽トラを走らせて行ってしまった。
――家出中だってのに。まったく何だったんだ。
気を取り直して再び自転車で走り出したわたしは二十分後、農道の出口でこれまた白い軽トラに乗った父に出くわした。
父がポツリと言う。
「安田さんが教えてくれた」
――つぅか農道長いねん! 田舎はこれだから!
思ってることを推敲することなく何でも口にする母と違い、父は寡黙で要点だけを話す傾向がある。
それでないと、全方位射撃をする母とはやっていけないのだろう。
破れ鍋に綴じ蓋とは良く言ったものだ。
ともあれ、こうしてわたしの初めての家出は終わりを告げた。
所要時間、約一時間。
父が近くの道の駅でソフトクリームを買ってくれたので、今回は父の顔を立てて家出はこれで終わりとする。
わたしが旦那さんと結婚し家を出るまで、あと三回ほど家出をすることになるのだが、その話はまた別の機会に――。
END
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