22人が本棚に入れています
本棚に追加
prequel4. リピーター
「い、いらっしゃいませ。あっ、中山さま……」
「あら、名前覚えててくれた?」
確か三ヶ月くらい前に来店した、中山さんだった。
「もちろんですよ。こちらへどうぞ。今日はどうされますか?」
「だいぶ白髪が目立って来ちゃったから、また、カラーリングだけお願いします」
朴葉は花野と客のやり取りを黙って聞いていたが、すっかり冷めたコーヒーを飲み干すと、立ち上がってリュックを肩にかけた。
「ごちそうさまでした。また、改めて伺います」
「いえ、うちは、間に合ってるんで。ご苦労さまです」
朴葉が店を出ていくと、中山さんが訝しげに眉を寄せた。
「なあに、セールスか何か?」
「そうなんですよ、ちょっとしつこくて。中山さまが来てくれて助かりました」
「そう、良かった。新しい店は、そういうのに狙われやすいのかも知れないわね。でも、だいぶ落ち着いた?電話がなかなか繋がらないから、ダメ元でふらっと来てみたんだけれど。すぐやってもらえると思わなかったから、ありがたいわ」
カラーリングの薬剤を混ぜる手が思わず止まる。
「電話、繋がらなかったですか?」
「ええ。何回かかけたけど、お話中で。ああ、人気なんだなぁ、って諦めてたのよ」
中山さんは、良い色に染まった、と機嫌よく帰って行った。
多分、中山さんはまた来てくれる。何故なら、前回も今回も、「カラーリングしかしていない」から。
なんというタイミングなのだろう、と花野はソファに座り込む。朴葉が来る前に中山さんが来ていたら、細々とでもお客は来る、と思えただろう。しかし、あんな話を聞いてしまって、ようやく来た客が、よりにもよって「カットしていない」客だとは。
ため息をついてふと気づくと、テーブルの上に木箱が置いたままだった。朴葉が忘れていったのか、わざと置いていったのかはわからない。
「小糸ちゃん」
声の幼さを思い出して、何となくちゃん付けで呼びかけてみるが、返事はない。それはそうだ。あんな荒唐無稽な話を自分は信じたのか、と花野は苦笑する。と、木箱がころん、と回転した。
本当に手の込んだ詐欺だ、と呑気に頬杖をついたが、すぐに顔色を変える。マズイ。これは、典型的な『不審物』だ。爆発でもしたらどうする。
店の隣が空き地同然の駐車場になっているのを思い出し、素早く木箱を引っ掴んで窓から投げようとした。
「なげないでぇーーー」
小糸の声だ。しかし花野は構わず、箱を放った。良く考えれば、爆発物の恐れがあるものを投げたら余計危険なのだが、何故か小糸の言いなりになってはいけない、と、自分の本能のようなものが警報器のように明滅していたのだ。
パシッ、と何かにぶつかる音がして、木箱は空中で停止し、ゆるゆるとタイル張りの床に着地した。
「そんな事したら、壊れちゃうじゃん、そしたらもう、花野さんとお話出来ない」
「僕の話を、聞く気があるのかい」
花野は、小糸が詐欺集団の受け子のようなものなのだろう、と判断して、言い聞かせるように言った。
「どんな事情があるのかわからないけど、悪い事は止めた方がいいよ。悪い事をすると、さっきの朴葉みたいな奴につけ込まれる」
最初のコメントを投稿しよう!