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prequel5. 悪い事をする、ということ
「縁の糸を切るって、悪い事なの」
「うーん、全部が悪いとは言えない。縁にだって色々あるから、切った方がその人のためには良いって事も、あるかも知れないからね。縁切寺、っていうのもあるくらいだし」
「でも、縁結びなら良いけど、切るのはよくないって、さっき」
「そうは言ったけど、やたらに結んじゃうのも、良くないかな。馴染みの美容室との縁くらいなら良いけど、もっと大きな、その人の運命を変えちゃうかも知れないでしょ」
「勝手に切ったり結んだりしちゃダメって事?」
「それもそうだけど、小糸ちゃんは悪いヤツと手を切ること。これは、絶対切った方がいいやつ。とにかく、悪いモノの言いなりになっちゃダメだよ」
床の上で、箱が左右に行ったり来たりする。
「なんか難しくてよくわからないけど、悪いヤツの言いなりになるのはダメ。……それはそうだよね。さっき、花野さんはアタシの言いなりにならなかった。アタシは、悪いヤツだから」
なにか考え方に違和感はあるが、自分が悪い事をしている、という自覚はあるのか。花野は話し合いの糸口を見つけた気がして、真摯に言った。
「今はね。でも、小糸ちゃんが悪いヤツをやめようとしてるなら、僕は応援するよ」
「何をすれば、アタシは悪いヤツじゃなくなる?切った糸を、繋げば良いの?」
声色から小糸の必死さが花野に伝わる。しかし、ひっくり返したコップの水は、魔法でも使わない限り、元には戻せないのだ。それに、お客の髪を切ってから、時間が経ちすぎている。もう、いろんな縁が切れた状態から、その人の人生が動き出し、植物の根のように干渉を始めている気がした。店の電話が外から繋がらないのも、客の縁を切った事が、複雑に影響して起こったのではないか――
そこまで考えて、花野は可笑しくなった。すっかり詐欺グループの話が思考の前提になっている。しかし、話の真偽はどうあれ、この子が改心すればそれで良い。
「一度切った糸を結んでも、結び目が出来て、完全に元には戻らないでしょ。悪い事をする、っていうのは、そういう事なの。でも、結び目が出来ちゃった、って事を小糸ちゃんが忘れなければ、小糸ちゃんは、悪いヤツには戻らないと思うよ」
「普通の糸は結び目が出来るけど、縁の糸は結んだら、綺麗に元に戻るよ」
良いことを言った、と内心で頷いていた花野は、根本を覆されて目を丸くした。
「え、元に戻るの?」
「うん。戻せるよ。じゃあ、元に戻して来れば良いのね?そしたら」
木箱はぴょん、とテーブルの上に飛び乗った。
「アタシは、悪いヤツじゃなくなるかな?」
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