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prequel6. 小さい神様
その後、お客は徐々に戻って来て、店はもうすぐ、開店一周年を迎えようとしていた。
まず、予約の電話がかかりづらかったのは、電話線の不具合の為だった。古い建物なので、そういう事もあるのだろう、と納得はできた。それを直すと予約はボツボツ入り始め、開店した頃の忙しさと比べものにはならないが、一人で生活するには十分な収入が得られるくらいには盛り返した。ある意味、理想的な労働環境になったともいえる。
客が途切れ、休憩にコーヒーを入れていると、それを嗅ぎつけたかのようにドアのベルが鳴り、更に勢いよく破裂音がして、たちまち火薬の臭いが店に立ち込める。
「開店一周年、おめでとうございます!」
クラッカーの紐を引いた朴葉が、煙を纏ってにこやかに立っていた。
「いや、まだ半月以上先ですし。うちは間に合ってますから、お帰り下さい」
即座に花野が言い放っても、朴葉は動じない。
「良かったですね、お客さん来てるようではないですか。例のモノの気配もしないし。花野さん、どうやって追っ払ったのですか」
「やっぱり、小糸ちゃんはここには居ないんですね」
悪いヤツじゃなくなるかな。
あの時、花野が小糸の問いに答える前に箱は動かなくなって、それきり小糸の声は聞こえなくなっていた。
「朴葉さん」
花野はこの半年間考えても誰にも言えなかった事を、再び訪れた怪しい来訪者に問いかけた。
「あの子は、『髪切り』とは違うんじゃないですか」
「おお、それは、本人が言っていたのですか?」
「いや、言ってないですけど……。気になってあの後調べてみたんですが、『髪切り』って、妖怪みたいなものですよね?いきなり髪を切ってきて、切られた人は病気になるとか」
ふふふ、と朴葉は不敵に笑ったかと思ったら、図々しい要求をしてきた。
「立ち話もなんですから、コーヒー入れて貰えないですかね」
「お客さんじゃないのに、なんであなたにコーヒーいれなきゃいけないんですか」
「話しかけてきたのはそっちでしょ。それに、彼女と交渉したのは花野さんとはいえ、小糸と話が出来る箱を、なんと、無償で、提供したのはわたくしです。コーヒーくらい入れてもらっても、バチは当たらないと思いますが」
バチは当たらない。
花野は朴葉の言葉に引っ掛かりを覚えた。
「そう、……小糸ちゃんは、どっちかというと、妖怪というより神様の類だったのでは」
「なぜそう思うんです?」
勧められもしないのに、朴葉はソファに腰をかける。
「小糸ちゃん、縁を切るだけじゃなくて、結ぶ事も出来る、って言ってたんですよ」
「ええっ」
「驚き方わざとらしくないですか。どうせ朴葉さん、知ってたんでしょ」
ははは、と乾いた笑いを漏らして、朴葉は頭を掻いた。
「いや、知らなかったのは本当です。でも、かのモノに関しては、過去の文献とか伝承でわかってる事が全てじゃない。この前、弱体化傾向なんて言いましたが、新たな力を手にするって変化があっても不思議じゃないから、驚きはしないです。それに」
朴葉は大袈裟に両手を広げて続けた。
「人間って、一括りに語れないないほど、能力は、人それぞれじゃないですか。『髪切り』もそれと同じだと、僕は思うので」
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