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「ところで、あの客の作品て、見てみました?」
「見た見た。朴葉くんは?」
「見たけど、……うーん」
「僕は普段から漫画ってあんまり読まないからなぁ、善し悪しがわからないけど、絵は上手だと思ったよ。でも、確かにああいう上手い絵、最近ネットでよく見るかも……」
「なんか、どこが悪いのか具体的にわかんないんだけど、全体的に今ひとつっていうか……」
歯切れの悪い素人の評論を二人が続けていると、木箱が楽しそうに揺れた。
「漫画って面白いんだねー。初めて、落ち着いて読んだ」
花野には、部屋の隅に広げられていた漫画雑誌のページが、風もないのに捲られていくように見える。人を驚かせずに、小糸が漫画を読むのは確かに困難だ。
「あっ、じゃあ小糸ちゃん、これ読んでみて」
朴葉が宙に向けてタブレットを差し出す。
「ページめくる時は、画面の端っこを押せばいいから」
暫くの沈黙の後、木箱が頷くように傾いた。
「読んだよ」
「どうだった」
「紙の方は面白かった。こっちは面白くない」
「そうなんだよなー」
二人は残念そうに声を揃える。
「でも、もうちょい、って感じもする」
「そう。その通り」
「本当にそれだわ」
形而上学的な(要はなんだかよく分からない)共感に包まれた二人が、今回客に出した結論は――
「例の漫画家さん、連載決まったらしいよ。SNSで告知してた」
「良かったね」
「全然良くない、髪切れなかったもん」
客の髪は切ったのだが、今回小糸の取り分はなかった。つまり、ふりをしただけで、客と、漫画との縁は何も切らなかったのだ。
「しかし、客の要求には答えず、あたかも依頼に答えたかのように振る舞う。まるで悪党のようですが、善人代表の花野さんとしてはいいのでしょうか。小糸ちゃんの教育上もよろしくないのでは?」
「そうだよ、嘘つくのは悪い奴」
「うーん、でも今回は、これで良かったんじゃないかなぁ。きっと、漫画との縁がなくなった、と思った所から馬鹿力が出たんだよ。僕らが彼の作品を読んで、足りないと思ったのは、そこでしょ。さて、ここで小糸ちゃんに問題です。嘘をつくより悪い事は、何でしょう?」
「花野先生、それ僕にも難しいよ」
「嘘つきはドロボウの始まり、っていうから、ドロボウ……?」
「おお、ほぼ当たり!小糸ちゃん優秀」
「なんすか、それ……」
「おまえわかんないのか、ヒトのクセに、バカだなぁ」
朴葉に向かって、箱が得意気にぴょんぴょん跳ねる。
「答えは、他の人の夢を、刈り取る事だよ。それが、どんなに実現不可能に見えてもね。僕らにだってそれは許されない。自分の夢なんだから、ちゃんと自分であきらめなきゃ」
なーんてね。
またいい事を言おうとしてる、と朴葉に言われる前に、花野はそう付け足して誤魔化した。
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