case1. 夢を断つ

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「ところで、あの客の作品て、見てみました?」 「見た見た。朴葉くんは?」 「見たけど、……うーん」 「僕は普段から漫画ってあんまり読まないからなぁ、善し悪しがわからないけど、絵は上手だと思ったよ。でも、確かにああいう上手い絵、最近ネットでよく見るかも……」 「なんか、どこが悪いのか具体的にわかんないんだけど、全体的に今ひとつっていうか……」    歯切れの悪い素人の評論を二人が続けていると、木箱が楽しそうに揺れた。 「漫画って面白いんだねー。初めて、落ち着いて読んだ」    花野には、部屋の隅に広げられていた漫画雑誌のページが、風もないのに捲られていくように見える。人を驚かせずに、小糸が漫画を読むのは確かに困難だ。 「あっ、じゃあ小糸ちゃん、これ読んでみて」  朴葉が宙に向けてタブレットを差し出す。 「ページめくる時は、画面の端っこを押せばいいから」  暫くの沈黙の後、木箱が頷くように傾いた。 「読んだよ」 「どうだった」 「紙の方は面白かった。こっちは面白くない」 「そうなんだよなー」  二人は残念そうに声を揃える。 「でも、もうちょい、って感じもする」 「そう。その通り」 「本当にそれだわ」  形而上学的な(要はなんだかよく分からない)共感に包まれた二人が、今回客に出した結論は―― 「例の漫画家さん、連載決まったらしいよ。SNSで告知してた」 「良かったね」 「全然良くない、髪切れなかったもん」  客の髪は切ったのだが、今回小糸の取り分はなかった。つまり、ふりをしただけで、客と、漫画との縁は何も切らなかったのだ。 「しかし、客の要求には答えず、あたかも依頼に答えたかのように振る舞う。まるで悪党のようですが、善人代表の花野さんとしてはいいのでしょうか。小糸ちゃんの教育上もよろしくないのでは?」 「そうだよ、嘘つくのは悪い奴」 「うーん、でも今回は、これで良かったんじゃないかなぁ。きっと、漫画との縁がなくなった、と思った所から馬鹿力が出たんだよ。僕らが彼の作品を読んで、足りないと思ったのは、そこでしょ。さて、ここで小糸ちゃんに問題です。嘘をつくより悪い事は、何でしょう?」 「花野先生、それ僕にも難しいよ」 「嘘つきはドロボウの始まり、っていうから、ドロボウ……?」 「おお、ほぼ当たり!小糸ちゃん優秀」 「なんすか、それ……」 「おまえわかんないのか、ヒトのクセに、バカだなぁ」  朴葉に向かって、箱が得意気にぴょんぴょん跳ねる。 「答えは、他の人の夢を、刈り取る事だよ。それが、どんなに実現不可能に見えてもね。僕らにだってそれは許されない。自分の夢なんだから、ちゃんと自分であきらめなきゃ」  なーんてね。  またいい事を言おうとしてる、と朴葉に言われる前に、花野はそう付け足して誤魔化した。    
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