case6-5. 下校の時刻

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case6-5. 下校の時刻

「なんか、外で朴葉くんと会うって新鮮だなぁ」  店のほど近くにある公園で、コンビニのマシンで抽出したコーヒーを飲みながら呑気に花野が言う。開店前に話がある、と朴葉が呼び出したのだ。   「僕の部屋に花野さんが入って、花粉を連れてこられたら僕が詰みますからね」 「でもそれ、朴葉くんの体にも着いてたらおんなじじゃないの、ダイニングはどうしたって通る訳だし」 「同じじゃないですよ、量が少なければ少ないほど症状は軽くなるんですから、多分」  花野は小さく肩を落とした。   「もう、花粉アレルギーなのは確定なんだ」 「ほぼ確定ですね、ダイニングの滞在時間を極力減らして、店に行かないようにしたら症状はかなり改善しました」 「そっか……、屋上に温室作るの、やっぱりかなり厳しいんだよね。でも、ダイニングだけでも何とか出来るように、なる早で考えるから」  予想通りというか、花たちは朴葉の生活範囲を狭めたまま、早急に改善される兆しはないようだ。   「えーと、一つだけ、確認しておきたい事があるんですけど……。鳥居さんは花野さんにとって、特別な人ですか?恋愛的な意味で」 「まさか、話ってそれ?だから、全然、そんなんじゃないって」 「本当の本当に?」 「本当の本当」 「よろしいです」 「何ちょっと偉そうなの……。でも、何で?この前の、田中くんとの話で、何かあったの?」 「ありました」  そこで話を止める朴葉を責めるように見て、花野は片手を腰に当てた。 「とりあえず今、先を話してくれる気はないんだ」 「このままずっと、かも知れません」 「そういうカッコつけ、良くないと思うよ」  朴葉は黙ったままだ。 「まあ良いや。話せる時になったら話してくれれば。本当に、鳥居さんの事はなんでもないよ。最初言った通り、一生懸命頑張ったのに上手くいかなかったのは辛いだろうなぁ、って思っただけ」 「花野さんは、優しいなぁ」 「そう?誰だってそう思うでしょ、そんなの」  開店の時間が迫り、花野は飲みかけのコーヒーを片手に、店へ戻って行った。  でも、可哀想だな、と思っても、相手が一番その時欲しい言葉なんて、なかなか言えないものだよ。  朴葉はふぅ、と息を吐いた。 「カッコつけ、かぁ」  確かに、カッコつけなのかもしれない。朴葉は花野に相談せず、場合によっては店を立ち去ろうと考えていたのだから。  鳥居鏡子が善であれ悪であれ、有力者の一族である事は確かだ。花野はこの町で、美容室を続けていきたいと願っている。鳥居家の後ろ盾があれば、多少のやっかみがあっても地元の地位は安泰だろう。そして、花野自身も鏡子に好意を持っていればハッピーエンドだ。花野は否定したが、こういう事はアテにならない事はわかっていた。 「今だって、小糸の事何も聞いて来なかったしな」  いつもの花野なら、小糸は一緒にいるのか、どうしているのか聞いたはずだ。ここのところ、小糸は花野と会話が出来なくなっている。花からの圧力なのか、箱の力が弱まっているのだ。そんな状況なのに。  当の小糸はというと、森園女子学院へ情報収集に行っていた。鳥居鏡子の悪評を裏取りするためだ。それを材料に、鳥居との縁切りを花野に交渉すると息巻いている。 「小糸ちゃん、頑張らないと、僕と放浪の旅だよ」  僕と、とは限らないのだけど。  朴葉は独りごちて、公園を後にした。          
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