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case6-6. 下校の時刻
『何だか、わかんなくなって来た』
数日後、戻ってきた小糸は、沈んだ様子だった。どうも、調査が芳しくないようだ。それはつまり、小糸に都合の良い情報が収集出来なかった、というだけの事なのだが。
「ちょ、ちょっと待て。アレを使おう」
情報を一気に流し込もうとしてくる小糸を押しとどめた朴葉は、慌ててマスクをするとダイニングに行き、テーブルに放りっぱなしになっていた木箱を取り上げた。表面のホコリをぱぱっ、と払って、占い処兼寝室へと戻る。
「直接脳にこられると、今回は情報過多だからさ。アタマが追いつかん」
「アッタマわりぃなぁ、ポンコツっていうんだよ、そういうの」
途端に、学校で覚えてきたのか、木箱がいつもの可愛い声で悪態をついてくる。
「これこれ。やっぱり会話は、キャッチボールじゃなきゃ」
「朴葉」
うんうん、と頷いている朴葉に向かって、小糸がいきなり豪速球を投げてくる。
「ヒトのシヤワセを願う、って、良いことなんだよね?」
「ん?そうだねぇ、何の役にも立たないけど、一番良いことかもしれない」
「そっか」
小糸は至極残念そうな声を上げた。
「……今のであらかたわかった気がするけど、一応、整理していこう。まず、鳥居さんとトラブってる友だちだけど……」
「カシムラ。ユイは、カシムって呼んでた。トリイキョウコと仲が悪い。お互い、避けてた。みんな帰ったあと、ユイとカシムは毎日、教室で、ダラダラしゃべってた。キョウコがジャマした、金持ちはきたないとか、悪口言ってた」
「なるほど、そこは由比さんの証言通りって事だね」
「でも、カシムとキョウコは仲良し」
「えー……。カシムとキョウコは仲悪い、って最初に言ったじゃん。お互い避けてる、って」
取材してきた小糸の証言だけを頼りに考察することは不可能、という事か。朴葉が眉間に皺を寄せたその時、小糸がしれっと言った。
「学校ではね」
「紛らわしいなぁ、それを早く言ってよ。つまり、学校以外では、鳥居さんとカシムラさんは仲良くしてる、って事?」
「そう。夜一緒にお店に行って、パフェとかパンケーキとか食べてた。キョウコに悪いから、カシムがおごるよ、って言って。でも次の日、学校では何にも喋らなかった。何かもう、ニンゲンてわからん」
「うーん」
朴葉も唸って、考えを巡らせる。
「由比さんの前では、仲が悪い振りをしてる、って事なのかなぁ」
表面上仲良くしている、というのはよくある事だが、それとは正反対の行動だ。
「カシムラと由比さんは放課後鳥居さんの悪口をダラダラ喋ってて、カシムラと鳥居さんはお店でパフェとパンケーキ……。カシムラさん、学校推薦取り消されたんじゃないの?受験勉強しなくていいのかなぁ」
朴葉は指を顎に当てて、会ったこともない女子高生を近所のおばさんのように心配する。
「鳥居さんに悪いから、カシムラが奢る……。何が鳥居さんに悪いんだろう」
「それは、ワルモノになってもらったから、悪いって。でもマコトには幸せになって欲しいからいいんだって、キョウコが言ってた」
ああ、ここで、最初に戻るのか。
鳥居鏡子が、自分が悪者になっても、由比真琴の幸せを願っている。
「由比さんは鳥居さんがよく嘘をついてるっていってたけど、カシムラさんもか。そして多分、由比さんもだ。ウソツキだらけだな」
「ウソツキはドロボウじゃん。みーんな悪いヤツ」
小糸がせっかく覚えていたことわざが、簡略化でおかしな事になっている。
「でも、由比さんの幸せを願って、ってことなんだよね、きっと」
「シヤワセを願うのは良いこと。悪いヤツだけど、悪くはない。だから?ぜんっぜん、わからん」
鳥居鏡子が傲慢でウソツキの、悪いヤツなら。
花野との縁を小糸がぶった切って、それで全て元通りだったのに。
「鳥居鏡子は善である。そう仮定して、導き出される答えは――」
そう口にして、朴葉は一つの解答に辿り着いてしまった。
花野を中心とした善の輪からはじき出されている、朴葉と小糸は、すなわち――
薄々は感じてたけど、コレは、結構キツいなぁ。
「さて、そろそろ鳥居さんと直接対決、と行きたいところだけど、もう少し材料が足りないかな」
「また学校に行く?」
「いや、もう一回、由比さんに会いたい」
「若くて美人だからか?」
「花野さんみたいな事言わないでよ。この前は田中くんが居たからね。二人だけなら、話す事も変わるでしょ」
「若くて美人のユイと二人で会う、朴葉はツーホー」
「うるさいなぁ。小糸ちゃんも一緒に来ればいいじゃん」
そして、もう一度由比真琴と朴葉は、件の喫茶店で会うことになった。
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