case6-7. 下校の時刻

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case6-7. 下校の時刻

 田中が由比と親しくなる口実に朴葉を使っているのはわかっていたが、今回は遠慮してもらう。呼び出す仲介はしてもらったので、連絡する理由を上げただけで良しとしてもらおう。  朴葉(たち)が早めに到着して店で待っていると、約束の時間より少し早くに、由比真琴が店のドアを開けた。  ライトグレーのショートコートを着た彼女が入ってきただけで、薄暗い店が一段階明るくなったかのようだった。思わず振り返っている客もいる。 「御足労いただいて、すみません」  朴葉が頭を下げると同時に、ウェイターが歩み寄ってきた。由比はカフェラテを注文する。ラテアートのサービスがありますが、と言われると、少し考えたが、すぐにお任せで、と微笑んだ。   「こちらこそ、すみません。取り留めのない話で、困らせてしまったのではと申し訳なく思っていたところでした」 「取り留めのない話になったのは」  朴葉が片眉を上げて、少し意地悪い質問をする。 「こちらに開示してない事があったから、ですよね」 「ごめんなさい、この前は田中くんがいたんで、少し話しづらい事もあって」 「確証はないですけど、由比さんは、大学に推薦入学が決まっているのではないですか?」 「なぜそれが?」  由比は表情を固くした。 「この時期に、田中くんと会ったりしてる時点で、そうだろうなぁとは思いました」  それに、放課後カシムラとダラダラ喋っている、という小糸の証言があった。推薦入学でないなら、受験勉強は追い込みの時期だ。田中やカシムラと喋っている余裕など普通はないだろう。  そして、それはカシムラも同様だ。推薦を取り消されたのに、少なくとも一般受験に向けて勉強を始めている様子はない。  ただ、進路にはいろんな選択肢がある。進学も、専門学校かも知れないし、少数派とはいえ高卒で就職する場合もある。だから本人から聞くまで、勝手に決めつける訳には行かなかったのだ。 「確かに、友だちが不当に推薦を取り消されたと訴えているのに、自分だけ鳥居さんの親友という立場を保ったまま、のうのうと推薦を受ける、っていうのは体裁が悪いですよね。でも別に、成績が足りてないのに、鳥居さんがゴリ押ししてあなたに推薦枠を優遇した訳ではないんでしょ?僕は別に、堂々と入学すれば良いと思いますけど」 「ちょっと、違うんですよ」  後れ毛を耳にかけて、由比は運ばれてきたカフェラテをスプーンでかき混ぜた。表面に描かれた葉っぱの模様があっという間に崩れていく。 「カシムラさんに最初来た推薦の話、私が次点だったんです」 「えっ」  えぇ?どういう事?  空中の小糸などは、もはや混乱して思考を放棄しているようだ。 「私がもらった推薦、うちの学校では、『奇跡の枠』って言われてて。県外の国立大なんです。森女は小学校からのエスカレーターですけど、あんまり偏差値が高い方ではなくて。内部生は鳥居さんみたいに裕福な家庭の人が多くて、大概は家を継いだり、関連企業への就職が約束されてるから、のんびりしてますし、外部生って言われてる高校から入ってくる人たちの方が圧倒的に成績は良いんですけど、県立の受験に失敗して、併願優遇で入って来た人たちなので」 「カシムラさんは、外部生なんですか?」 「そうです。特待生でしたけど、本命がN高校でしたから、まあ、お察しというか。難関県立を受ける人は、森女なんか併願しませんから。でもひと枠だけ、G大の推薦枠が伝統的にあって。森女の偏差値で国立大に合格するなんて絶対不可能なので、『奇跡の枠』と」 「由比さんも、外部生なんですか?」 「いえ、私は、内部生です」  そう言って、由比は項垂れた。 「二年前に、父が事業に失敗しまして……。森女も、転校する話になったんですけど、幸い特待生になれてたので、学費の免除とか奨学金で結局そのまま通学する事にしたんですが、その時も色々揉めたんです。その、……母が、見栄っ張りというか、家が貧乏になった事を認めないというか……」  由比真琴も、裕福な家庭の内部生だったが、途中でそうではなくなった、という事か。 「どんどん私に対する母の依存が酷くなっていて……。家がダメになってしまったので、私の評価にすがるしかなくなってしまったんでしょうけど……だから、奇跡の枠をもらうことは、実質森女で首席をとるという事なので、母にとっては必須だったんです」            
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