case6-8. 下校の時刻

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case6-8. 下校の時刻

「それが、蓋を開けてみたら、選ばれたのはカシムラさんだったと」 「そうです。私自身も、絶対自分が奇跡枠だとうぬぼれてたから、カシムラさんに決まったと聞いて、バチが当たったのだと思いました。母は喜ぶし、自分も大手を振って家を出られる。理想的だと思ってたけど、進学動機が不純すぎますよね。学費が安くて、学内ですごいって言われればどこの大学だって良いって事ですから」  うーん、と唸って、朴葉は冷めてしまったコーヒーを飲み干す。   「大学の進学動機なんて、多かれ少なかれそんな感じなんじゃないですか?でも、そうやって反省しているあなたの所に、奇跡の枠が降ってきた」 「そうなんです。……カシムラさんが辞退したから、と聞きました。でも、決まった当初は本人が喜んでたのを知ってましたから、なんで急に辞退したのか、問い詰めたんです。そしたら」 「鳥居さんに取り消されたと、白状した」  あえて、由比真琴から見えている視点で話を続ける。カシムラがウソをついていて、鳥居鏡子が由比真琴の幸せのために権力を振るったフリをしている事は、小糸という反則を使わなければ知り得ない事だからだ。 「それからは、もう、二人で鳥居さんの悪口大会です。今までの鬱憤が爆発してしまって。私も、家が貧しくなったのを憐れむような事を何度も言われましたし、とにかくあの人、すぐバレるようなウソをつくんですよ、昔から。最近では、花の美容室さんの事も、お告げがあったから、とか」  げっ。  焦った朴葉は空になったコーヒーカップを持ち上げ、飲む振りをする。 『それはー、ホントだよー』  空中の小糸が手をヒラヒラさせて言うが、もちろん由比には聞こえない。 「でも、権力を振りかざして、汚い、と影で言っているのに、私は表面では鳥居さんと友人のままです」  由比真琴は俯いた。 「怖いんです、推薦を取り消される事が。このままG大に進学して、家を出たい。ダメだったあの絶望は、もう味わいたくないんです。だから、あの人が嫌いなのに、関係を断つことが出来ない」 「……それで、いっその事、縁を切ろうと」 「貰い逃げで、酷いのはわかっています。あの人、私の事情はよく知っていますから、憐れんで圧力をかけたのでしょう。自分が一位になると思い込んでいたのに、大したことない外部生に負けて、家も貧乏になって、学費もろくに払えないなんて、よっぽど可哀想だと思ったんじゃないですか」 「ところで、カシムラさんは?進学はどうするんです?」  頭上で騒いでいる小糸を手でなだめながら、朴葉が訊ねる。 「音響の専門学校へ行く、と言ってます。元々東京には行きたかったみたいで。今回の件で田舎がイヤになったし、改めて考え直したって。そういう意味では、鳥居さんに感謝してると言ってました」 「あなたが次点で、推薦を引き継いだ事、カシムラさんはご存知なんですか?」 「ええ。鳥居さんの件と、私が推薦を受ける事は別の話だから、気にしないで進学すればいいと言ってくれてます」 「なるほど」  朴葉はテーブルの上で指を組んだ。 「答え、出てるじゃないですか。気にしないで、G大に進学すればいいですよ。鳥居さんからよっぽど可哀想と思われてるなら、今さら推薦を取り消されるなんてことないでしょう」  言葉に棘が含まれているのを感じ取ったのか、由比は黙ったままだった。   「それに、あなたの言い様では、人を憐れむ事は相手に屈辱を与える酷い事みたいに聞こえますけど、憐れんだり、可哀想に思ったりする事って、そんなに悪い事ですかね?」        
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