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case6-9. 下校の時刻
『ユイは、キョウコの事がキライなのか。キョウコは、ユイのシヤワセを願って、ワルモノになったのに』
店を出ると、小糸の複雑な意識の動きが朴葉の頭に流れ込んできた。
「ね、なんだか可哀想になっちゃうよ。本人が由比さんを可哀想に思ってるとしたら、余計に」
『カワイソウに思う……』
小糸の思考が、その場で行ったり来たりしているのが解る。
「今僕らが、鳥居さんに対して感じてるのが、まさにそれだと思うよ」
『ふーん……。朴葉、どうする』
「小糸ちゃんは、どうすればいいと思う?鳥居さんを何とかしないと、僕たちは花野さんには近づけなくなる。でも、鳥居さんは恐らく、悪い人じゃない。方法はどうあれ、人のしあわせを願える人なんだから。やっつけたらこっちが悪いヤツ、だよね」
花野さんが、鳥居さんのことを「好き」ならなぁ。
このまま、二人の幸せを願って、立ち去っても良かったんだけど。
『それは、ヤダよ』
朴葉の気持ちを見透かしたように、小糸が訴える。
『それは、イヤだ』
「そうね……。僕もまあ、まだこの辺りの情報収集が終わってないし、もうちょっとあの店に、居座りたいかなぁ」
妙に晴れ晴れとした朴葉の声に、何かを察したのか、小糸が色めきたった。
『ポンコツ、何か閃いたのか』
「まぁね……、小糸ちゃんが望んでる方向で、頑張ってはみますよ」
折も折、美容室から出てくる鳥居鏡子が遠目に見えた。
『よしポンコツ、頑張ってこい』
「上手く行けば状況が変わるはずだから、小糸ちゃんは花野さんと話せるか試してみて。木箱は僕の部屋にある」
『わかった』
うまく小糸は撒いた。
ここから先は、小糸がいたら不味い事になるかも知れない。さすがに朴葉でもそれは察していた。
小糸にはああ言ったが、特に何か、策を閃いた訳ではない。どーん、とぶつかって後は成り行き任せだ。朴葉にしては珍しく、開き直っていた。
とはいえ、朴葉が鳥居鏡子にいきなり声をかけても、無視されるか、最悪それこそ通報される恐れがある。小糸のかわいい声に、また頼りたいところだがしかたがない。
営業活動である、という言い訳を心に用意して、店の前で鳥居鏡子に名刺を差し出す。
「二階の、占い師さんですよね。学校でも、よく当たるって話を聞いています」
「それは、……どうも」
予想外の丁寧な対応に拍子抜けしつつも、朴葉は鏡子を観察する。話すのは疎か、近くで見るのは初めてだった。近頃の高校生らしく、ベースメイクからしっかり化粧をしているが、御屋敷のお嬢様だからといって、縦ロールの髪型だったり、ドレスみたいな服を着たりはしていない。ごく普通の、おしゃれな私服のティーンエイジャーだ。ただ、物言いがちょっと不遜な感じはした。
「守秘義務があるから言えないのですが、ある方から相談を受けてまして」
少しお話を伺いたいのですが、と朴葉は言いながら、占い師に守秘義務ってあるのかなぁ、などと考える。
「僕の方の店は今、事情があって使えないので、どこかに移動して、で良いですか?」
「そういう事でしたら、そうですね、ちょうどいい場所があります。駅の近くですけど、着いてきてもらえますか」
言われるまま、借りてきた猫のように大人しく従ってきた朴葉を振り返って、鏡子が、ここです、と見るからに新しい、低層ビルを手で示す。
「まだオープンしていないのですが、自由に使っていいと言われてるので」
入口の管理室を顔パスして、エレベーターで二階へ上がると、明るいフロアがいくつかのブースに分かれているのが伺えた。コワーキングスペース、というやつなのだろう。広めの机と、キャスター付きの椅子がそれぞれに備えられている。そのエリアを抜けると、パーテーションで分けられた部屋があり、中には簡単なキッチンが設けられていた。
「ここで、会議したり、食事会したり出来るようにするみたいです」
鳥居家の、新しい事業という事か。これらが全部、家の持ち物、という訳だ。鳥居家の力を伺い知るには、余りにもわかりやすかった。
それに、新築の建物、ときている。古びた美容室とは反対に、小糸のようなモノたちが苦手な場所だ。いつも朴葉の目に見えているボンヤリしたモノたちも見当たらない。
天然なのか、それとも。
あきらかに、敵とみなされているのか。
小糸を連れてこなくて正解だったものの、さて、どうしたものか。
戦うには完全に不利な状況だよなぁ、と思いながら、朴葉は煎茶とともに出された茶菓子をもぐもぐと食べた。上品な香りのする、桃の花を型どった練り切りだった。
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