case6-13. 下校の時刻

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case6-13. 下校の時刻

 なんとも言えない、といった顔で立ちつくしている鳥居鏡子に向かって、朴葉は軽い調子で言った。   「僕はそれでも構わないと思ってたんですけど、追い出されるのはヤダ、とおっしゃる方がいるので、このまま撤退する訳にいかないんです。その方、無茶苦茶怖いんで」 「他にもお店に住んでる人がいたんですか。知らなかったです」 「人じゃないですけどね。あなたも、会ったことがあります」 「……さらっと、怖いこと言わないでください」  そう言って、鏡子は身を竦めた。 「あなたの言ってることはよくわからないけど、おっしゃりたいことはわかりました。私はやっぱり、いつも間違ってるんだと思います。出した答えが、全部」 「式は、合ってると思いますよ」  朴葉はニッ、と笑った。 「他人の幸せを願うのは、いい事です」 「でも、取材の件は、多分取り消せないです。Iターンの話なので、花野さんの立場では断れません」  ごめんなさい、と鏡子は頭を下げた。 「それは、僕に言われても。花野さん、喜んでるかも知れないし」 「でも、花野さんは望んでないって、さっき」 「だーかーらー、そんな事言ってないでしょ。花野さんが望んでるか考えたのか、って言ったの。全くもう……。その後は一人で考えてないで、本人に聞くんだよ、そういう時は!」 「じゃあ、考えたので聞くんですけど、このままだと、あなたは店から追い出されるって事ですよね。それで、いいんでしょうか」 「良いも悪いもないですよ」 「でも、撤退出来ないって」 「まあ、喋るだけのことは喋ったので、ここから先は成り行き任せです。僕は最初から、どっちでもいいので」 「なんだか、そういう姿勢、好きじゃないです。一生懸命なのか、投げやりなのか、はっきりしなくて」 「あなたには、そうでしょうね」  ごちそうさまでした、と挨拶して、朴葉はビルを出た。  鏡子に、人ならざるモノがいる、という話をしたのは、朴葉の賭けだった。花野と鏡子を繋げたのは小糸だったからだ。あの時、小糸と鏡子が何を話したのか、二人以外は知らない。そして、鏡子は小糸の言葉をお告げと思い、店にやって来て、あの小糸が、鏡子を多分「かわいそうに」思った。  だから、賭けに出てみたのだけれど。  鳥居家の加護にしても、現象として存在するのだが、朴葉の目に見えるたぐいのモノではないから、大きさもわからない。 「だいたいあの家、建物自体がよく見えないんだよなぁ」  賭けは外れ、相手の力も掴めないときてはいるが、朴葉はこっちの勝ちを確信していた。  何故なら正義は、迷った時弱いから。  おそらく今の会談で、『花野の成功のために、得体の知れないモノを追い出す』という、真っ直ぐな鏡子の正義はぐらついた。行き当たりばったりの結果ではあるが、朴葉は「得体の知れないモノ」の方ではなく、「花野のためかどうか」の方の土台を揺らしたのだ。花の力がジジイのものでも、かわいい孫が迷えば力は弱まるはずだ。 「新聞は……、面倒な事にならないと良いけど」  そこは、花野さんの危機回避能力に期待するしかないか。    大きなあくびをしながら、朴葉は美容室へ帰って行った。        
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