19人が本棚に入れています
本棚に追加
case6-epilogue. 下校の時刻
花の美容室の記事は、日曜版のカラーページに掲載された。
Iターンで店を開いた若者、という切り口で、花については、野草にも興味があり、鳥居翁の育てていた蘭のコレクションを引き継いだ、というような、店主が多才である事への彩りとして記事は書かれていた。
「鳥居家と急に仲良くなったから、やっかみもあったみたいですけど、こうやってIターンを強調した記事だったら、それなら鳥居家も応援するよな、ってなるんじゃないですかね。鳥居さんち事業も、Iターン募集してるみたいですし」
「えっ、やっかみとかあったの?」
「田中くん情報です」
「ああ、あの時の隠し事、それかぁ」
ところで朴葉のアレルギーは、鼻炎薬を飲むことで収まった。
「最初から、薬飲めば良かったんじゃん」
「まあ、治ってきたのは、そればっかりじゃないと思いますけどね。でも、すっかり治らない、っていうのは……」
「ギャハハ、朴葉はキョウコから、まだきらわれてる」
完全復活した小糸は、勝ち誇った様にゲラゲラ笑っている。
オマエは、存在すら認められてないけどな!
朴葉は心の中で悪態をつく。
「まあ、今回僕は全く蚊帳の外だったみたいだけど、何だか丸く収まったみたいで良かったよ。田中くんも大学受かったんでしょ?」
花の激しい結界は解けたようで、花野と小糸はまた、箱を介して話せるようになっていた。しばらく小糸を忘れていたことを、花野は全く覚えていないようだ。
「しかし……、鳥居さんは、なんか危なっかしいんだよなぁ。新聞取材の件も、花野さんの了解ろくに取らないで、勝手に話まとめてきちゃったんでしょ?花を自然に返す、とか、人の推薦枠を動かすとか、……こうしたら結果がどうなる、っていう想像力が決定的に足りないくせに、物事を動かしちゃうんだもん。それが、善意から発した行動ときてるから、始末に負えない」
「でも、朴葉くんに怒られて、反省したって彼女、言ってたよ」
「そういうところだよ!もう。自分で考えろって、あれほど言ったのに。よりにも寄って、人に怒られたからって……。全然、人の話を聞いてないな、アイツ」
「アタシの話は、よく聞いてくれたよ」
小糸が得意気に言ってくる。
「そっか、お店へ連れてくるのに成功したもんねぇ」
「あーあー。じゃあ鳥居さんは小糸ちゃんに任せるよ。教えてやってよ、人の道ってやつを」
「人ではない存在に教えられる人の道か……。なかなか、深いね」
「そこで笑ったりしないのが花野さんだよなぁ」
「褒められてるの?それ」
「ほめてる。花野さんの、とってもいいところ」
小糸は、とても嬉しそうだ。
「そうだよ、鳥居さん、人道は花野さんから学ぶと良いんじゃないかなぁ」
「僕のは、処世術、じゃない?客商売してると、自然に身につく感じよ。僕が教えるまでもないでしょ、鳥居さんもこれから社会にでれば、いくらお屋敷のお嬢様でも、いろいろ飲み込まざるを得ない事は出てくるだろうし」
「いきなり現実的な話になったなぁ」
「楽しい学生時代も、下校の時刻は来るからね。それまでは、満喫して欲しいよね」
下校の時刻かぁ。
朴葉はマスクなしで居られるようになったダイニングで、頬杖をつく。
花野と小糸が、楽しそうに話をしている。
なんとなく、感傷的になった朴葉だった。
最初のコメントを投稿しよう!