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case7-1. 見えない傷
小さな嵐は、程なくやって来た。
「いらっしゃいませ……、あれ?」
「こんにちは!お久しぶり」
店に入って来たのは、メガネをかけた女性だった。軽やかで着やすそうなコートに、肩から黒いレザーのトートバッグを下げている。膝丈のスカートが洗練されていて、都会のできる女性、といった趣だ。
「えっ、偶然?じゃないよね」
「うん、ネットで地元のニュースは見るようにしてて。そしたら公平くんが出てたから、びっくりしちゃった」
どうやら、花野の知り合いらしい。ちょうど店でダラダラしていた朴葉は、さすがに気を利かせて、コーヒーを二人分用意した。
「あっ、ブラックで大丈夫です」
声を掛けてきた女性の方を振り返ると、こちらに微笑んでいる。顔のシワを気にしていない、くしゃっとした人懐こい笑顔だ。感じの良い人だなぁ、と朴葉もニッコリして、客用のカップと花野のマグカップをテーブルに置いた。
「ホントに久しぶりだねぇ、見違えたよ」
「公平くんは、変わらないね」
「丸ちゃんは、なんか、大人の女性になった、って感じ」
「それは、老けたってこと?失礼だなぁ」
「いやいや、ますますステキになった、って言いたかったんだけど」
「そういう、歯の浮くようなこと平気で言うところも、変わらないね」
話が弾んでいるようだし、邪魔をしないようにと朴葉は裏口から外へ出る。
そういえば、お客以外で花野の知人に会ったのは初めてだ。
お互いに、というか、朴葉の方があまり詮索されたくなかったのもあって、花野の過去話をこちらからは聞かないようにしていた。
あの、親しげな感じは元カノなのかなぁ。
花野の年齢的に、彼女のひとりやふたりいても全く不思議はない。
「公平くん、か」
小糸ちゃんがまたイライラするだろうなぁ、と思いながら、あっ、もう一人めんどくさい娘が増えていたんだっけ、と朴葉は舌打ちをする。言わんこっちゃない、花野さんを新聞に載せる手引きなんかしたから、また自分の首を締める事になってるじゃん。
そんな事を考えながら公園の脇をのろのろ歩いていると、呼び止められた。
「あの」
振り返ると、さっきの丸ちゃんと呼ばれていた女性がはにかんで立っていた。
今日この人を振り返ったのは二度目だ。そして、微笑みかけられたのも。
「お客さんが来ちゃったので、夜改めて、という事になったんですけど、良かったら、少しお話しませんか?」
「僕とですか?」
朴葉は訝しんで問い返す。
「ええ。今、公平くんと同居されてるんですよね?さっき、公平くんから聞きました」
「ええ、まぁ……。仕事場が二階にあるので、間借りさせてもらってます」
それを聞いて、丸ちゃんはふふっ、と空中で手を振って笑った。
「良いんですよ、そんな……。わかっていますから」
「?」
「いろいろお話、聞かせてください」
そう言うと、丸ちゃんはいきなり朴葉の腕を組んだ。
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