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case7-2. 見えない傷
田中や由比と行って以来、すっかり行きつけになってしまった喫茶室カスカータで、朴葉は丸ちゃんと向かい合わせに座っていた。
「ステキな店ですね。コーヒーも美味しい。公平くんともここへ?」
「いや、花野さんとは来た事ないですね、そういえば。ていうより、ここへ来る時は、花野さんに聞かれたくない話をしてる気がしますね」
「花野さん……。普段からそう呼んでるんですか?」
「ええ、そうですけど……」
「恋人なのに?」
唐突な丸ちゃんの言葉に、朴葉はほほーん、と変な相槌を打った。
「ああ、そゆこと……。いや、残念ながら、違いますよ」
「残念ながら、って事は、今はまだ、貴方の片思いって事ですか?応援しますよっ。全力で」
頬を紅潮させた丸ちゃんは、脇を締めてガッツポーズを取っている。
「うーん、まあ、気持ちは有難く頂くとして、ていうか、貴方はそれで良いんですか?花野さんの事が好きな人なのでは?」
「大好きですよ」
食い気味に言い切った後、すぐにふぅ、と丸ちゃんはため息をついた。
「そっか、貴方が恋人じゃないのか……。ちょっと残念です」
どういう事だろう。この人は、花野に未練のある元恋人、という訳ではないのだろうか。
朴葉が怪訝そうにしているのを見て、丸ちゃんが謝った。
「初対面の人に馴れ馴れしく話しちゃってごめんなさい。こういうとこなんだろうな、私。公平くんと親しいからって、自分と親しい訳じゃないのにね」
「いや、それは全然良いですよ」
この町へ来て話した女性(っぽい)の中では、抜群に感じが良いのだ。嘘つきだったり威張っていたり、罵倒されてばかりいるのとは比べものにならなかった。
「あ、お名前も聞いてなかったですね」
「僕は、朴葉と言います」
いつも名乗る時のように、一字づつ区切って言うと、丸ちゃんは両手を合わせた。
「朴葉味噌の朴葉ですか?あれ、美味しくて、お酒が進んじゃうんですよね……。高山のご出身とか?」
流れるように湧き出てくる反応に、朴葉は既視感を覚える。
そうか。この人、「公平くん」に似てるんだ。
「そういう訳ではないのですが。……ああ、出身といえば、えーと、……丸ちゃんさんは、こちらのご出身なのですか?さっき、地元の新聞、て聞こえちゃったんで」
「ごめんなさい、先に名乗らなくて。篠原丸実と言います。この町ではないんだけど、県内の出身ですね」
「それ、花野さんは知ってるんですか?」
「話してましたけど、ここからはずいぶん遠いし、忘れられちゃってるんじゃないですかね。公平くんて、私に対しては、そういう感じなんですよ」
丸ちゃんは呟くように言って、寂しげに微笑んだ。
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