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case3. 綺麗な明日
「朴葉さーん、お願いしますっ、一生のお願い」
ここのところ二階に入り浸っている高校生が、腕組みをして偉そうに座っている朴葉に、両手を合わせている。
「また例のお願い?」
花野がカフェオレを出してやると、来客は仔犬がシッポを振るように、わかり易く喜んだ。
「ありがとうございます」
今日は火曜なので美容室は基本的に休業日だが、二階の占い処は朴葉がいる限り営業している。
占い処とダイニングを挟んだ向こう側が花野の自室なので、朴葉と来客のやり取りは丸聞こえだった。
それに、高校生の依頼を断り続けている、という話は朴葉から聞いて知っている。
「花野さんからも、朴葉さんに言ってやって下さいよ」
「いや、むしろ花野さんの方が反対すると思う」
朴葉が瞑っていた目を片方だけ開けて、花野を見る。
「ええ……、僕のせい?」
困惑した花野が頭を搔く。
すこぶる軽いノリを全身から発散している高校生・田中の依頼は、今付き合っている彼女と縁を切りたい、というものだった。
「だからー、普通に別れればいいじゃん。僕の本業は占い師だから。どこで聞いてきたか知らないけど、僕には縁切りなんか出来ないからね。それに、何回も言うけど、人の縁っていうのは、本当は切っちゃダメなものなの。もし切れるとしても、簡単にホイホイ切っていいものじゃないんだからね」
自分が言うような台詞を、いつの間にか朴葉が自分の文言にしていて、花野は可笑しくなる。それに、小糸が聞いていたら即レッドカードが飛んできそうなしらばっくれぶりではあるものの、確かに、縁を物理的に切っているのは花野で、縁切りが出来るのは小糸なのだから、嘘も言ってはいない。
その小糸だが、最近日中は店に居ない。花野がお客のカットをする時は店から出ているように言っていたのだが、定休日とか休み時間を意識するのは無理だったらしく、どこをふらふらしているのかはわからないが、店には夜帰ってきて、朝方に姿を消す、というルーティンに落ち着いていた。
小糸もいない事だし、多少の詭弁は許されるだろう、と思った花野は、田中に助け舟を出した。そこまで食い下がる、というのは何か理由があるのか、と興味が湧いたのだ。単純に、出かける予定もなく、ヒマな休日だった、という事もあるが。
「朴葉くんの言う通りだと僕も思うけど、これだけ熱心に頼んでくるんだから、もうちょっと話をよく聞いてみても良いんじゃない?」
「花野さん、優しいなぁ。ほら、花野さんもこう言ってるんだし、もっと、オレの話、ちゃんと聞いて下さいよ」
「僕は何回聞いてもわからないですけどね」
「朴葉さん、恋愛経験が足りないんじゃないの?」
「足りないどころか、全くないから全然共感出来ない」
冷たい朴葉の応対に田中がやり返すが、朴葉は少しも煽られずに、平然とコーヒーを口に運んでいる。
「うーん、……これは言ってなかったんすけど、オレね、高校卒業したら、この町から出ていこうと思ってるんすよ。だから、彼女と縁を切りたいんです。別れるんじゃなくて」
「要は、別れ話を切り出す勇気がないって事でしょ」
「それもそうなんすけど、別れる理由を、彼女にどう言っていいか、わかんないんすよ」
「彼女の事は、もう好きじゃなくなっちゃったの?」
花野が訊ねると、田中はうーん、と首を傾げた。
「好きですよ、……でもオレはこの町を出たい。恥ずい言い方をすれば、未来に羽ばたきたいんす」
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