case3. 綺麗な明日

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 ふむ、と納得した様子の二人に、田中は赤面する。 「ホントに恥ずいんで、今まで言わなかったんすけど、他に言いようがなくて」 「いや、別に恥ずかしがる事はないよ。確かに、聞いている方は恥ずかしいけど」 「どっちなんすか」 「ふるさとを捨てて、都会へ旅立つ、みたいな事だよね。昔そういう歌があったような」  花野が考えながら言うと、田中は力強く頷いた。 「そうそう、それです。それがイヤなんです、オレ。今彼女に別れ話をすると、なんか田舎と一緒に、彼女を切り捨てるみたいになっちゃって、それは嫌だなって」 「遠距離恋愛する、っていう選択肢はないんだね」 「ないっすね」  田中は躊躇いなく返答した。 「彼女、後輩なんすよ。だから、まだ進路の最終的な決断って、しなくていい状況です。でも、遠距離恋愛してたらどうです?自意識過剰と言われてもしょうがないっすけど、彼氏が都会に行ってて、付き合いが続いてて、純粋に、彼女だけの将来を考えての決断って、出来ると思いますか」 「ああ……。高校ん時、いたなぁ、そういう()……。同じ大学行きたいから、彼氏のレベルに合わせて志望校下げるとか言ってた奴」  朴葉が忌々しげに首を振る。 「だから恋愛ってキライなんだよなぁ。何か人間に、ここぞという時に愚かな決断させるじゃん。歴史上も、それまで凄く有能だった人物が、情愛に呑み込まれて、えっ、そういう事する?みたいな」 「うーん、朴葉くん、そう言うけどさ、その彼女、最終的には大学のレベル、下げなかったんじゃない?」 「ええ?花野さん、何でわかるの……」 「えっ、そうなんですか?」  田中も驚いた様子で花野を見る。 「いや、そりゃそうでしょ。そういうものよ。だから、田中くんの彼女だって、自分の事は自分でちゃんと考えるから、大丈夫よ」 「それはそれで、何だかイヤだなぁ。その彼女には、ピュアな愛を貫いて欲しかった」 「ワガママだが、気持ちはわかる」  今度は朴葉が大きく頷く。 「そういうのも含めて、恋愛ってキライなんだよ」   「朴葉さんの恋愛観はとりあえず置いとくとして、彼女の進路に変な影響を与えたくない、ってことも、もちろんあるんだけど」  田中が宙を仰ぎながら続ける。 「オレの未来を汚したくないっていうか。オレがこれからせっかく未来に漕ぎ出そうとするのに、彼女を捨てた、とか、ふるさとを捨てた、みたいなマイナスな感情を、絡ませたくないんすよ。別れ話になれば、彼女は自分が邪魔になったと思うだろうし、オレを恨むかもしれない。オレ自身が恨まれるのは構わないんだけど、オレが決断した将来まで恨まれるのは、イヤだなって。そう思ってた時に、彼女からここの事を聞いて」 「えっ」 「彼女から?」  花野と朴葉は顔を見合わせる。 「うん、彼女から聞いたっすよ。花の美容室の二階にある占い処で、恋人の縁が切ってもらえるらしいって。私たちには関係ないけどね、って」 「彼女にはさ、田中くんがこの町から出ようと思ってる、って話はしてるの」  花野が訊ねると、田中はちょっと考えて答えた。 「あー、何となくは。そうなったら、遠距離恋愛になっちゃうかもね、とは話しました」 「わかった」  自分に縁切りなど出来ない、とまで言っていた事など忘れたように、そこで朴葉はあっさりと承諾した。 「この依頼、受けるよ」 「ホントっすか。ありがとうございます。粘った甲斐があったー。これで、心置きなく将来に向かって頑張れます」  卒業式が終わって、進路がハッキリ決まったらもう一度来るといい、それまでは恋愛を楽しみなよ、とにこやかに告げた朴葉は、田中の背中をグイグイ押して、店の外へ送り出した。   「卒業まで、持つのかなぁ。また小糸ちゃん激おこ案件かも」 「もう、こんなの別れてるも同然じゃないですか。どっちでも、知ったこっちゃないですよ」 「ふるさとを捨てて、一回都会へ出ていったものとしては、何となく彼の気持ちも、わからないではないけどね」 「いやあ、そんなセンチメンタルなものじゃないと思いますよ」  朴葉は自分も若輩のくせに、年長者が若者を腐すように辛辣だ。 「アレですよ、『お別れはブロ解で』って奴でしょ、これって」  一瞬何のことかわからなかった花野だったが、やがて、ああ、なるほど、と感心する。     SNSで、相互にフォローし合っていた人の片方が急にフォローを外したら、外された方は自分のフォローだけが残り、気分を害す。しかし、一旦相手をブロックしてから、そのブロックを解除するとお互いのフォローが外れるから、誰から関係を切られたのかは気付きにくい。やがて関係は元の、何も関わりのなかった状態に戻る。そして、相手がなぜ関係を断つ事を選んだのか、けして知ることは無いし、知る必要も多分ないのだ。  縁を切れば、その人とは気づかないうちに疎遠になっていく。最初から、全てなかったかのように。  でも失われたものは確実にあって、完全に元に、戻るわけではないのだけれど。   「普通に、別れればいいと思う」 「お互い、傷つきたくない、って事なのかな」 「だから『恋愛』ってキライなんだよ」  朴葉はそういって、もう一杯コーヒーを淹れに立ち上がった。  
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