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prequel1. 開店半年にして、窮地に陥る
客が来ない。
全く参った。
持ち主が亡くなり、跡継ぎもいない理容店を居抜きで引き継いで半年。最初のうちはレトロな店内を生かした内装も話題になって、客はひっきりなしに来ていた。しかし、ある時を境に客足がぱったり止まってしまったのだ。原因に心当たりはなかったが、とにかく予約の電話も入らず、直接来店する客もほとんどいなくなった。
都会での暮らしに程々には疲れていたし、雇われでヘアサロンに勤めるのも序列的に限界が来ていた。都会で自分の店を開くのは資金的に大変で、最近仲間うちではシェアサロンを利用して独立する者も多かった。しかしそれに追随するのも何となく悔しかったし、最早出遅れた感もあった。そんな時にこの物件の情報をネットで目にしたのだ。
田舎町のIターンを歓迎する助成が効き、タダ同然で店を開くことができる。店は昭和時代に建てられたものでだいぶガタがきてはいたが、内装に少し手を入れれば逆に味があって良い感じに出来そうだった。二階が住居になっているのも良い。
すぐに下見して、即決した。のだが。
失敗だったかなぁ。
田舎を甘く見ていたのかもしれない。そんなふうに思いながら、コーヒーメーカーのスイッチを押す。少し大きい駆動音とともに、コーヒーのいい香りが店内に立ち込めた。
まあ、のんびりやればいいか。
綺麗にクレマの立ったコーヒーを口にした時、カラン、と入り口に吊るしてある古びたベルが鳴った。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
振り向くと、ボサボサの髪を後ろで括った、黒いTシャツの青年が立っていた。右肩に、くたびれたリュックを背負っている。初めて見る客だ。
「今日は、どうされますか」
「短めにカットして欲しいんですが」
随分切りがいがありそうだ。久々の客に店主は少し張り切って、黒いタオルとカットクロスを掛けた。
「えっと、まずここの、枝毛を切ってもらって良いですか」
客が髪を少し摘んで、店主に示す。短く切るのだから無駄な作業なのだが、とりあえず店主は客の希望通り進める。
シャキン、シャキン。
如何にも切れ味のよいハサミの音が、静かな店内に響いた。
少し髪がカットクロスに落ちた所で、青年はふむふむ、と、目前の鏡と切り落とされた髪を代わる代わる覗き込んで頷く。
「えーと、もしかして、なんですが。急にお客さんが来なくなって、お困りなのではないですか?」
いきなり言い当てられて、店主は内心でムッとする。なぜ、それがわかる。カットの腕が悪い、とでも言いたいのか。しかし
そんな様子はおくびにも出さずに、当たり障りのない営業トークで流す。
「まだ、ここ開店して半年なんですよ。この町の出身ってわけでもないから、知り合いも全然いないし、お客さんが定着するには、まだまだ」
「すみません、実は僕、客じゃないんです」
青年は、カットを続けようとする店主を手で制して、椅子から立ち上がろうとした。
「危ないですから、ちょっと待って」
店主は慌てて、上がっていた椅子の高さを下げる。
「どういう事です」
「あー、……説明すると長くなるんですが、とりあえずこれ以上髪を切るのはやめてください。僕にも、切られたくない縁はあるので」
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