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prequel2. 怪しい来客(客ではない)
「試すような真似をして、申し訳ありません。実際見てみないと、断定出来なかったのでお許しを」
カット代金はちゃんと払うというので、とりあえず待ち合い用のカフェテーブルに青年と向かい合う。ソファもテーブルも洒落たデザインではあったが、実はこれらの家具も、粗大ゴミをリサイクルする市の施設から安く引き取ったものだった。
「施術しないのにお金を貰う訳にはいかないので、コーヒーでもどうですか」
「いただきます」
青年は店主の勧めに、食い気味に返事をした。
「怪しい者ではない、と言っても説得力がまるでないほど怪しいんですが」
そう言って、青年は名刺を出した。
「わたくし、こういう者です」
黒い名刺には、『占い師・朴葉』と記されている。
「ほ、お、ば、と読みます」
読めない人が多いのだろうか。聞きもしないのに、先回りして朴葉は教えてきた。
「占い師、というのも実は、強いて言えばそんな感じ、というカテゴリで。霊媒師、というのもちょっと違うし。すみません、ホントに怪しくて」
閑古鳥が鳴く店の弱みにつけ込んだ詐欺なのか、と店主が身構えると、それを見通したように朴葉はがっくりと肩を落とした。
「そうですよね、詐欺師と思われてもしかたがないですよね……。うーん、どうしたらいいものか」
余りの落胆ぶりが少し気の毒になって、店主は持ち前の営業スマイルでその場を取りなした。
「コーヒー、冷めますよ」
「あっ、そうでした。せっかく入れていただいたのに……。入ってきた時からヘアサロンなのにコーヒーのいい匂いがしてて、すっかり気持ちがコーヒーな感じになってたので、恐縮です」
朴葉はカップを口に運ぶと、突然あっ!と閃いたように小さく叫んだ。
「カフェインは偉大です」
そう言って、傍らに置いてあったリュックから、手のひらに乗る程の木箱を取り出した。表面に細かい模様が彫刻されていて、所々黒く汚れている。
「これ、まあ、ワイヤレススピーカーみたいなものです」
朴葉は木箱をカフェテーブルの上にうやうやしく置くと、手品でもするようにその上で手をヒラヒラさせながら、何やらブツブツと呪文のようなものを唱えた。
やがて。
「花野さん」
突然苗字を呼ばれて、店主はギクッとする。
「花野さん、聞こえてる?」
女性の声が、テーブルに置かれた木箱からオルゴールのように流れ出す。少し幼い感じもする、涼やかな可愛らしい声だ。
「ご主人は、花野さんと仰るのですね。えーと、君、名前はあるの?」
朴葉が部屋の隅をじっと見据えながら話しかけると、先程とは打って変わって、木箱が怒ったように震えた。
「無礼ね。あるに決まってるでしょ。アタシをその辺の雑草と一緒にしないでもらえる」
「ごめんなさい。お名前を教えていただけると、助かります」
テーブルに頭をつけて、朴葉が大袈裟に謝罪のアクションをしても、箱は意に介さない。
「あのさあ、そんな事より、花野さんがびっくりしてるじゃない。ごめんね、花野さん」
「これは、どこか別の場所から声を送っているんですよね」
店主の花野は、女性の声を聞いて最初は驚いたものの、これは手の込んだ詐欺だと思い直していた。自分の名前など、調べようと思えば簡単に調べられる。最近の振り込め詐欺は、劇場型といって何人かで役割を演じて騙すと聞いたことがある。おそらくこれも、木箱が喋っているように見せかけて、最初に何かしらこちらの情報を言い当て、この人は凄いと思わせる手口なのだろう。いかにも怪しい占い師が取りそうなやり口ではある。
疑いに満ちた花野の言葉が終わるや否や、木箱が激しく揺れて毒づいた。
「オマエのせいで、アタシまで怪しまれてるだろうが。使えねぇなぁ。花野さん、こいつの頭、丸坊主にしちゃいなよ」
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