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お探しなのは「愉快な旦那さん」ですか?
疲れた、もうやだ。
ぷっつんと前触れもなく切れたのはバイト先の帰り道、午前一時のコンビニ前。
街灯がぽつりぽつりと道を照らす通りの最中、まるでお帰りなさいとばかりにコンビニの明々とした照明が目に飛び込んできた。
一人暮らしには眩しすぎた。家族団らんの明かりじゃないけど、一瞬だけ昔の幻想を見てしまいそうになる。ただいまと言って、おかえりと返ってくる声。
梢、と二度と聞くことのない声が私の耳に蘇った気がした。母が私を呼んでいる。空耳だとわかっていても、時々振り返ってしまう自分がいた。
私は両親を亡くしている。車の交通事故だった。
当時は私も受験生。自分の進路どころか、これからの生活をも不安だったが、幸いにも両親の保険金で大学進学を果たした。今は大学三年生になる。
それなりに時間は経って、色々と平気になってきたけれど。時折、寂しい。
家族三人揃って食べることにしていた朝食と夕食。父親の趣味だったギター。母親の趣味だった刺繍。どっちもずっとへったくそのままだった。なのに、たどたどしくギターを奏でる父と、黙々と手元の布に針を通す母がいる光景が頭を過ぎり、ささやかな生活音や匂いまでも思い出されてどうしようもなくなる。
誰かと一緒にいれば平気だろうと考えて、友達ともたくさん遊んだし、彼氏だって作ってみた。でもいつも空元気になってしまって、逆に疲れてしまった。
――三木さん、最近そっけないんじゃない?
距離を取れば、相手もそれに気づく。静かにフェードアウトしていく彼らを引き止めなかった。
人間関係がだんだん粗雑になっていくが、もういいやと開き直る。何もかもどうだってよかった。
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