龍の愛子

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 一か月が過ぎても生子は昏々と眠り続けている。ピクリとも動かず、死んでしまったのではないかと樫は檜と共に心配していたが、不思議なほど顔色がいい。天津もこれまでとは違い、ずっと抱いたままでいるようなこともなかった。時折頭を撫でているのを見かけるだけだ。それほど生子が特別な存在になったのだとわかっていても昏々と眠り続ける姿に不安にもなる。  ある日、生子の傍らに座った天津が優しく頭を撫でると、そこに鹿のような角が生えた。透明に透き通り、小さなものだが、それが天津の力によるものなのは疑いようもないだろう。天津はくすくすと笑ってその角に赤い糸を結んだ。生子がいつまでも起きないからついに天津がおかしくなったのかと樫は心配した。  翌日天津は自分の角にも赤い糸を結び、どこかへ行ってしまった。雨を降らせに行ったわけでもないらしく、やはりおかしくなってしまったのだとしか思えない。一時もせず帰ってきた天津は水盆に魚を入れていた。天津がこんなことをするのは初めてで、どうしたらいいのかわからない。しかも、天津は喋ろうとしないのだ。天津は水盆を生子の枕元に置いて、またどこかへ行ってしまった。 「生子、あなたが起きないから天津様はおかしくなってしまったみたいですよ? そろそろ起きてはくれませんか? 手に負えません」  樫は思わず枕辺で愚痴ったが、生子に目を覚ます気配はない。再び戻ってきた天津はその手に剣を持っていた。 「え……」  天津はふと笑って剣を振り上げた。 「おやめください!」  樫に止められるはずもなく、二度空を斬った剣は生子の首のすぐ横に突き立てられていた。あと少しでもずれていたら生子の首が飛んでいただろう。やはり正気とは思えない。天津はそのまま空を撫で、水鏡を無数に出し始めた。その水鏡から次々に魚が飛び出してくる。だが、その魚は床に落ちることはなく、すべて水盆へと消えて行った。狂っているとしか思えない振る舞いだが、何か意味があるのだろうか。天津がす、と両の手を上げると、無数の水鏡が一つになり、剣が吸い込まれて消えた。開いていた両手をゆっくりと近付けると水鏡は徐々に小さくなり、拳ほどの大きさになった。天津はそれをつかむとふっと息を吹きかけ、そのまま生子の胸に押し当てる。それは生子の胸にすうと吸い込まれて消えた。 「目覚めよ、吾が愛し子」  天津の雷鳴のような声が社どころか洞窟中にびりびりと響く。生子がゆっくりと目を開いた。先ほどまでの狂ったような振る舞いはすべて生子を起こすための儀式だったようだ。 「吾が力を受けしものよ。なれの名は幸美珠生子命(さちみたまいくこのみこと)、吾の声に応えよ」  生子はふわりとほほ笑んだ。 「天津様、お呼びですか?」  以前と同じ小鳥のように可憐な声がした。天津は嬉しそうに笑って、生子の頬を撫でる。 「ずっと呼んでおった。吾が焦れるほど待たせるとはな」  のんきに過ごしているようでいて焦れていたらしい。天津は生子を抱き上げる。 「もう三月も眠っておったのだ。大事ないか」 「ずっと眠っていたせいか身体は重いですけど、なんともありません。少し頭が重いのは気のせいですか?」  天津は生子の頭に生えた小さな角をなぞる。 「角のせいやもしれぬな」 「えっ、角?」  生子は驚いて頭に触れ、角があることを確認し、ため息をつく。 「背が伸びないのに角は生えるなんて」 「いやか」 「いいえ、天津様とお揃いだからいいです」  嬉しそうに笑った天津は生子をぎゅっと抱きしめる。どこかぼんやりしていた表情が自然に戻った。あれでいて、寂しがっていたようだ。まったく手のかかる神だ。
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