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樫はそんな二人の姿を見てふと笑う。もうすっかり親子のようだ。ずり落ちてしまった布団をかけ直し生子が天津の髪を握っていることに気付く。まったく、天津にこんなことができるのは生子だけだ。その天津はといえば下半身だけ龍の姿に戻ってしまっていた。変化が下手であるがゆえに眠っているときは人の姿を保つのが難しいらしい。それでも生子に添い寝するために上半身のみとはいえ人の姿でいるのだから器用になったものだ。
生子は素直で真っすぐ、物怖じをしない子供だ。天津は自身で気付いてないが、人の姿も恐ろしげなのに、生子はすぐに懐いてしまった。ただ鉤爪のようにとがった爪だけは好きではないと言って、やすりを一生懸命かけていたこともあるが、変化の姿は実体のある幻でしかないから変えられず諦めていた。生子にそうしてなにかされることを天津は楽しんでいるようだった。先日など後ろから勢いよく飛びつかれて転びそうになっても笑っていたから、かわいがり方は尋常ではない。
天津ばかりでなく他の神々がかわいがるのもわからないではないが、生子は神々に愛されるほどに人から遠ざかっていく。成長は気持ち遅いくらいだが、どう考えても聡過ぎる。八つの子供など樫の知る限りではもっと幼く、世の道理などわからぬ横暴な有様であるはずなのに生子はそうではない。状況や相手を見ながら話をする。そして時に子供っぽいわがままを言いもするが、それは場の空気を換えるのに必要な時であることがほとんどだ。
四六時中天津の力の影響下にあるせいなのか、菊霧の薬を飲んでいるせいなのかわからないが、樫は空恐ろしいものを感じていた。生子はいずれ人から遠ざかってしまうだろう。それがこの幼子にとって幸福となるのか、不幸となるのかわからない。
天津がどう感じているのかはわからない。彼ら神々、特に天津には理解の及ばないものなのかもしれない。生子が来てから天津が神としての役目をしっかり果たしているのだからそれでいいと思うべきなのだろうか。
これまでは日照りで枯れたり、洪水で流されたりしていた若木が育つようになり、樫や仲間の木の精霊たちは喜んだ。たった二年しかたっていないが、動物たちも増え、森が豊かになった。天津がこのまましっかりと役目を果たし続ければ、人の子だけでなく、森ももっと豊かになって行くのは間違いない。そう思うと生子の存在は大きい。幼子の細い肩に重い期待を背負わせるべきではないとわかってはいるが、期待してしまうのも事実だった。
大人になったら天津の妻として神になり、このままずっといてほしいと願うものも多い。傍らで見ている樫でさえ、そう思ってしまうことがある。だが、天津にはそんな気配が欠片もない。見るからに幼い子供にそんな感情を抱く方が異常と言えばそれまではあるが、男神が女児を生贄に捧げられれば当たり前にそうするものがほとんどだと聞いている。永く在る神々にとって人の子の成長は瞬く間で年齢など誤差に過ぎないから気にするものは少ない。だが、天津は生子が幼子であるがゆえに慈しんでいるようにも見える。
神と十把一絡げに言っても彼らは様々で同じ存在はない。龍神は他にいないわけではないのだが、天津ほど強大で古い神は他にいない。龍神は湖や川など、それぞれ水のある場所から生まれいでそこに住まうものだが、天津は違う。天津は天地開闢の折に生まれた世界の始祖五柱のうちの一柱だ。始祖の五柱は太古の神々と呼ばれ、天津以外はみな天上へと去った。神々にとってももはや伝説のような存在だ。神ほどは生きない木の精霊たちは忘れてしまったものさえいる。どうして天津だけが今も地上に残っているのか知るものはない。
彼は天地を巡るすべての水の神であり、あまたの龍神たちの頭ともいえる存在で、いかなる神も敬意を払い、一線を画する存在として扱われている。それゆえに独り神であり、人の子どころか、生きとし生けるものに頓着しないぐうたらでいられたわけだ。
そんな天津が愛でる生子になにかあったら村が一つ二つ流れるでは済まないかもしれない。そう思うとなおさら早々に神にしてしまってほしいとも思う。天津の力をもってすれば生子を神に引き上げるのも難しいことではないはずと樫は簡単に考えていた。
樫は生子のために夕食の支度を始める。樫は時折ものを食べるが、別に必要ではなく、嗜好品のようなものだ。料理を覚えたのは生子のためにほかならない。今日は菊霧に菓子を食べさせてもらっただろうから軽めに野菜の入った粥を作る。いい香りが漂い始めたころ、ねぐらいっぱいにうねっていた天津の身体が消えた。目を覚ましたらしい。視線をやると信じがたいほど慈しみ深い目で生子の寝顔を見つめていた。天津に仕えてかれこれ四百年近く経つが、そんな顔を見るのは初めてだ。その表情は親というものに一番近いだろう。天津は本来慈しみ深い神なのだろうか。
夕餉がおおよそできていると気付いたのか、天津は生子を揺り起こした。
「生子や、生子、昼寝は仕舞いぞ」
生子はうにゅうにゅ言いながら目をこすり、天津の広い胸に抱き着いた。まだ眠くて仕方がないらしい。天津は生子を抱いて体を起こし、色々と話しかけている。天津が子守をしていることがもはや自然になりつつあることが少しでなく不思議だ。あのぐうたらだった天津からは想像もできない。
生子は甘えっこであるらしく、寝起きはそれが顕著だ。常ではああしてべたべたと甘えることはないから、天津はそうして甘えられることがうれしいようだった。
「生子、今起きねば、明日は空に連れて行かぬぞ」
「やぁです」
生子は天津にぎゅっと抱き着いて青い髪を握り締める。
「天津様、意地悪を言っては嫌です」
天津はくつくつと笑う。その笑い声はどこか遠雷にも似ている。
「許せよ、生子。なれが起きぬのが悪い。樫が夕餉を作ってくれたようだぞ」
生子は樫を振り返り、手を洗いに行った。
「本当にまめになられましたね」
「人の子は簡単に死ぬゆえな。生子は特に弱い」
天津にはやはり見えているらしい。生子が虚弱であるのは疑いようがない。菊霧の薬でどうにか健康に過ごしているということは否定できないだろう。それでも時折熱を出す。生子がここに置いて行かれたのも神の手もとであれば生きられるかもしれないと思われた可能性も否定できない。
「天津様は生子に力を注いで強くしようとお考えにはならぬのですか?」
「ならぬ。生子の器は弱い。吾の力を受け止めることなどできまいよ」
「それほど弱いのですか?」
「弱い。あれの寿命は疾うに尽きている」
「え……」
予想もしていなかった発言に樫は言葉を失う。天津はひどく悲しそうに笑い、目元の赤い模様をなぞる。天津の右の頬には目元から連なる様々な水の文様がある。天津はその文様を時になぞりながら話す。それはなにかを隠そうとしているときの癖と聞いたのはいつだったか。
「やはり気付いておらなんだか。生子は神の食を食んだから生きているにすぎぬ。菓子や薬を与えるのをやめ、吾の気から遠ざかればたちまちのうちに落命するであろう。哀れな子よ……」
「そうだったのですね……だからなんでも願いをかなえられるのですか?」
「さてな。己が心さえわからぬものよ」
天津は戻ってきた生子に手ずから薬を飲ませる。天津のふるまいには意味のあることが多い。それにも意味があるのだろう。嬉しそうにせっせと粥を食べる生子がそこまで弱いとは思ってもみなかった。天津にしては驚くほどこまめに薬をもらいに行っていたのも生子を惜しむがゆえなのだろう。生子の成長も妙に遅いとは思っていた。身体が弱く命の火が消えかけているから成長できないのだ。いくら神の手元でもその命を伸ばし続けることは難しいのかもしれない。生子の器ができるのが先か、落命するのが先か、天津にもわからないのだろうか。だから明言を避けているのかもしれない。
生子が一日でも長く笑っていてほしいと樫は祈った。
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