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6
「そういやお前が家庭教師してた高校生はどうなった?」
「えっ……」
部屋で買ってきたものを食べ終わったところで芦屋がそう言った。
「受験。もう終わったんだよな?」
「あ、ああ……合格したよ」
「へぇ。良かったな」
芦屋はにっこり笑う。最近、芦屋の仕事が順調で、少し久しぶりに会うから、若干戸惑う。俺は曖昧に頷き返した。
芦屋には、翔弥のことは言ってなかった。
まあ、直接関係ないし、仕事だし、俺がクライアントに手を出さないのは知ってるから、芦屋も気にしていなかったのだろう。
ふと思い出して聞いてきたようだ。
「てことは、終わったのか?その仕事」
「……いや、まだ……その高校生、いや大学生か。……のカウンセリングは続いてるから、まだ、行かなきゃいけねーんだわ」
「ふーん。そうなんだ」
「……………嫌か?」
つい、俺がそう問いかけると、「は?」と返された。
「なに言ってんだ?仕事だろ?俺がとやかく言うことじゃねーし」
「………まあ、そうだな」
「なに?もしかして、その高校……いや、大学生を狙ってるとか?」
「ーー!?いや、まさか、」
ーーやべぇ、動揺しすぎだろ、俺。
芦屋に聞かれても動じない脳内シミュレーションは何度もしたはずだ。
焦る俺に、芦屋は「冗談だよ」と笑い飛ばした。ーー機嫌、いいな。たしか、新しくレギュラーを取った役が当たり役で人気が上がって、雑誌インタビューとかよく受けるようになったらしい。
………と、いうのを俺は芦屋より先に百瀬から聞いていた。
「お前さ、良かったな。人気出てきたみたいで」
「な?サンキュー。なんの役が当たるかわかんねー世界だな。俺が出てるアニメの原作も売れ行きよくて、ラッキーだった」
「……ふーん?」
子供のようにはしゃぐ芦屋。……嬉しそうな姿を見てると、俺も嬉しい。……はず。
「…………」
「?麗?」
「あ……いや、ごめん、なんでもない」
「そう、か?」
「うん。お前が楽しそうで……羨ましい。ほら、人気出たらモテるんじゃないか、各方面?」
「ははっ」
芦屋は笑った。笑って、俺に話しかける。
「お前以外にモテてもなぁ」
「………揺れねーの?かわいい女子とか、かっこいい男に誘われたら」
「なんで揺れんの?俺はずっとお前一筋だよ。お前が恋人になってくれたから、俺、今まで以上に頑張れてんだよ」
「………!」
芦屋は疑いのない瞳を向ける。
久しぶりに会えた恋人を愛でるように。
「……恥ずかしい奴」
「はは、だな」
「……俺、みたいなのが恋人じゃ……ファンに怒られそう」
「はあ?関係ないだろ。ファンはファン。声優、芦屋の、な」
「…………」
「でもさ、ただの男である芦屋龍樹の恋人はさ」
芦屋は言いながら近づいてくる。
すぐに触れられる距離まで。
「麗。お前は、俺のものだよな?……俺、信じてるから」
ぽん、と手のひらで頭を撫でられる。
……あたたかい。
あたたかすぎる。
こんな俺に、そんな満面の笑みして。
「……芦屋」
「うん?」
「…………えっ、と」
「うん」
言葉を、出すか迷う俺に、芦屋は期待を込めて見つめてくる。
「俺…………お前が好きだ」
口にしてしまえば、それは。
想像していたよりも幸せすぎる言葉だった。
「麗」
「………っ恥ず……」
「なんでだよ、俺も好き」
「………」
「俺も、麗が好き」
俺の告白に、芦屋は心底嬉しそうな顔をする。頭にあった手は頬にいき、そっと唇を重ねられる。
「ずっと、麗からそれが聞きたかった」
「!」
芦屋は俺を抱きしめながら嬉しそうにそう言った。
芦屋龍樹との甘い時間は、俺の全ての穢れを浄化させる。
『これでいいのか』という苦悩と、『このままがいい』という最上級の我が儘で埋め尽くされている。
俺はお前に、愛されるような資格があるか?
この先もお前を騙し続けていけるだろうか?
ーー芦屋に抱きしめられながら俺は。
その腕の中で、常に別の男たちのことを考えている。
そして心が、今にも……
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