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ーー俺が翔弥さんをその気にさせて従わせるのが目的ですか? 神ノ木社長の部屋を出る前にそう聞いたら、彼は吹き出すように笑った。 ーーそれは目的ではない。手段だ。大学合格と対人恐怖改善を達成できるなら、俺は手段は問わない。新見先生、あなたに任せます。 ……と、まったくもってその通りの答えが返ってきた。 ***** 「セックス依存症?」 結局転がり込んだ芦屋の部屋で、缶ビールを開けて飲んだ。 「気味な。ただの自己診断」 「いや、てゆうかそんなん俺ずっと気づいてたけど」 「え、嘘。マジ?」 芦屋にも缶ビールを手渡しながら横に座った。芦屋は呆れたように俺を見る。 「だって新見さ、俺とはなんやかんや10年途切れてねぇけど、その間、他の奴とも寝てただろ。今だって仕事相手としてるみたいだし?あーこいつ、もしかして行為自体に依存してんのかもって。素人の俺でもわかったけど」 「……他とも寝たけど芦屋みたいに続いた奴はいねぇよ。それに、俺、相手の身分とかしっかり調べてからじゃねぇとしないし」 「そういう問題?新見先生」 芦屋はわざとらしく先生と呼ぶ。バカにしてるな。 カウンセラーをしてればそりゃ色んな依存症で悩んでるクライアントもたくさんいる。俺はそれを正しく導く手伝いをすることが仕事なのに……自分のことは棚にあげてんのな。 「まあいいや、悪い。どうでもいい話だったな」 「どうでもよくねーだろ。なに?今日、なんかあった?……メッセージの返信も遅かったけど」 「あー………こないだ言ってた仕事相手の相手をしてた」 「!」 だから遅くなった、と言ったら芦屋はぐいっと俺の両肩をつかんだ。 「いって……」 「マジかよ。今まで男と寝てたのか?」 「……しょうがねぇだろ、寝るのも仕事に入ってんだから。ちゃんとシャワーは浴びたけど、お前が嫌なら今日はしなくてもいいから」 「………。真剣交際申し込んでる相手にバカ正直に話しすぎだろ。ちょっとは考えてくれよ」 「は?なにを今さら……。いや………まあ、ごめん。いい気はしないよな、他の奴が抱いた身体とか」 俺がそういうと、芦屋はチッ!と舌打ちしながら抱きついてきた。 「芦屋、」 「あーーくそ。わかってるよ、お前のことなら。10年セフレやってたんだ。お前の貞操観念が最低最悪だってことくらい」 「おい……」 「でも俺は………もう無理だ。お前を一人占めしたい。他の奴に抱かせたくない。……本当にお前がセックス依存症なら、俺が毎日一緒にいて一緒に治してやる」 芦屋は、そんなことを言って、さらに強く俺を抱きしめる。 ーーいや、いや待てよ。なにを勝手に…… 芦屋、と呼んだ自分の声が遠くに聞こえる。 そっと触れた芦屋の手が、震えていたから。 「なあ、それって……もしかしてお前、俺のこと………」 ぎゅうっと強く抱きしめられた身体は、芦屋の匂いでいっぱいになった。 先程まで強く感じていた神ノ木親子の存在など、吹き消してしまうくらいに。
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