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ダメだということはわかっているのに。
「………金持ちめ」
自宅に戻った俺はスーツのまま、ソファーにボスっと座り込んだ。ヤッたあとだから身体が変に重いし眠い。神ノ木の愛撫は好きだが、しつこいくらい一ヵ所を攻めてくるやり方は正直どうかと思う。
そんな神ノ木社長から提示された俺との個人契約金は、残り半年、月に数回の『仕事』にしてはありえない程、バカげた金額だった。
ーーこれ、もしも契約違反でもしたら俺、刺されるんじゃねーか?
と、一瞬背筋がぞっとした。
「多すぎるので半分にしてください」
という俺の申し出に、神ノ木は、
「翔弥の家庭教師代は学費から出してますが、先生への報酬は俺のポケットマネーから出してるからまったく問題ないですよ」
と和やかに言った。
そういう問題ではなく……という俺の口を神ノ木は己の口で塞いで黙らせる。
自分の趣味嗜好に加え、職業柄もあり、これまで色んな人間を見てきた。
クライアントによっては親身に相談に乗るうち、それを恋愛感情と錯覚して好意を寄せられることもままある。
大抵ロクなことにはならないので、俺は本職でのクライアントには絶対手を出さない。
翔弥も然り、一定の距離を保つようにしてる。
それでわりと神経を使うから、外では羽目を外すことが多くなる。
芦屋みたいに続くことはほとんどないけど、まあ適当にやってきた。
自分の貞操観念が最悪なことは自覚した上で、それで良かったし、性欲がなくなるまではこれまで通り適当に過ごすつもりだった。
だから、多良川から神ノ木の仕事を紹介されたときも、いちいちどこかで相手を見つけなくても済むのなら楽だし、高報酬の上、神ノ木は身分もビジュアルも文句なかったから、いいかと思った。
ーーそれは、確かなんだけど。
「………半年……なら、なんとかなるか……?」
翔弥の受験が終わるまで。
芦屋への返事を半年も待たせるわけにはいかないから、多少の被る時期は出てくる。
それさえなんとかすれば。
「………最低だな、俺は」
そんなことを考えてる時点で、自分で自分の行動に吐き気がする。
折角多良川が正しい道に導いてくれたのに。
こんな俺のことを、芦屋は10年も側にいて想っていてくれたのに。
裏切るような真似をしてる。
金が欲しいわけじゃない。でも、金を出してまで俺に価値をつける神ノ木を断れなかったのは、事実だ。
「……なにがしたいんだか」
俺は、書面に残すことはない神ノ木との個人的な契約内容を思い出して苦笑した。
あーー、俺は一体なにをやってんだ。
スマホを取り出すと、芦屋からの連絡がきてる。
『いつ会える?』
という甘ったるい文字列を眺めながら、俺は芦屋の家に向かう準備を始めた。
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