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冬。 そんな騙し騙しの日々がしばらく続き、ようやく神ノ木翔弥の受験直前になった。 受験本番まであと数日。 翔弥は、秋の終わりごろからようやく本格的に成績が伸び、なんとか志望大学の合格レベルまで近づいた。 相変わらず高校には必要最低限の用事でしか行っていなかったが。 でも、まあ、どっかの天才肌の父親と違って能力が高いわけではないが、真面目にやればできるタイプだ。 本番の空気にも呑まれないようにちゃんと模試は何度も受けさせてきた。 あとは、当日、ちゃんと試験会場まで送り届けてやればいい。 「ーーいいか?無駄な緊張するなよ。入試はさすがに別室受験なんてできないから、大勢がいる中で受けることになる。だけど、それだけだ。別に隣の席の奴と話さなきゃいけないわけじゃない。会場までは俺と百瀬さんが付き添うから、余計な心配するなよ」 翔弥の部屋も慣れた。 俺の説明をたまにチラチラ視線を寄越しながら聞く翔弥は、受験生の顔をしてる。 そうだ、お前を志望大学に合格させるのが俺の契約仕事のひとつなんだ。なんとか頑張ってくれ。 「わ、わかりました、先生……」 「うん。俺は土日はここにはこないから、他に質問があれば今聞くけど」 「…………土日は来てくださらないん、です、ね」 「……ああ。まあ。社長から特別指示を受けていないし」 これまでの土日祝や夏休み、冬休みなどイレギュラーで来てほしいときは、予め百瀬から連絡があった。まあそれを決めているのは神ノ木社長なので、実際は社長の指示だ。 「………先生、」 「ん?」 「……受験が終わったら、聞いて……ほしい、ことが」 「ーー終わったらな」 そう言うと翔弥はそれ以上、なにも言わなかった。 父親と違って息子は聞き分けがいい。 家庭教師初日にキスされて以来ずっと、なにもしてこない。 正確にはなにもできない、か。俺が必要以上に踏み込ませないようにしているのもあるが。 ーー翔弥のカウンセリングはゆっくり進めている。正直、当初の予定回数よりもかなり少ない回数しか実施できていない。それは、家庭教師の部分が多く占めているからだった。対人恐怖症うんぬんよりも、学力を上げる方が先なのは、翔弥の成績を見れば一目瞭然だった。 だが時々、俺を見る翔弥の視線が熱かったり、ふいに意図なくノートを捲るときに触れてしまった手が緊張していたり……そういうことは何度もあった。 当然大多数の時間を勉強に費やしてきた翔弥だが、もしかしたら俺がいなくなったあとや休みの日にのかもしれない。 翔弥の俺への気持ちが本当のところどのくらいのものなのかは、正直わからないし知る気もないし、興味もなかった。 翔弥はただの子供で、俺のクライアント。それ以上でも以下でもない。 でも、自意識過剰なわけではないが、もし翔弥がある程度本気で俺を好きになっていたらーー ハタチ前の男子に好きな奴と四六時中一緒にいて禁欲しろってのも、なかなか酷な話だな。 「じゃあ、俺はそろそろ」 「あっ、………あの」 「……なんだ?来週は本番だぞ。余計なこと考えるなよ?」 「い、いえ、違く、て…………先、生、このあと……父に会いますか?」 「………?」 帰り支度をしてコートを腕にかかえる俺に、翔弥がいきなりそんなことを聞いてきた。 ……なんでいきなりそんなことを聞く? 「そうだな。受験前最後だから、挨拶してから帰ろうと思う」 「…………」 「それがどうした?」 椅子に座ったままの翔弥の顔に視線を合わせるように少し屈んで聞いた。 すると、ふっと翔弥の前髪が揺れて、間から美しい瞳が覗く。 「挨拶だけ?」 「は?」 「父と、……会って、挨拶するだけ、ですか?」 「………どういう意味だ?」 何故そんなことを聞く?今までにも翔弥の家庭教師終わりに神ノ木社長に会うことはいくらでもあった。 ーー契約通り、俺はいまだに神ノ木と関係を続けているわけであるし。 「………百瀬が」 「?百瀬さんが?」 「少し前、か、家庭教師が終わったあと、数学でわからない、とこがあって、……百瀬に聞いたら、新見先生がまだ父の部屋にいるから、行って聞いてみたら、どうか、と……言われて……」 「え?」 「………」 「………!?」 なに?まさか…… ーーまさか、神ノ木の部屋を覗かれた? 翔弥の家庭教師が終わったあとに神ノ木の部屋に行くときは、必ずときだ。しなかったことはない。 翔弥は俺を見上げながら戸惑いの目を向けている。 ドクン、と心臓が一度跳ねた。 「……それで?翔弥が勉強が終わったあとに社長の部屋にきて……俺に質問したことなんて、ないよな?」 「………は、はい」 「じゃあ、なんだ?………なにか見たのか?」 「……聞いても、いいんです、か」 「いい。早く話せ」 言葉を詰まらせる翔弥を見ていたらイライラしてきた。 このあとも神ノ木に呼ばれているのに。 翔弥は、そんな俺の内心を知ってか知らずかーー今までで一番まっすぐに目を合わせながら俺に聞いた。 「新見先生って……女の人、みたいに……あ、喘ぐんですね。……父と、SEXするとき」
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