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ーー最悪だ。 最悪以外のなにものでもない。 「……見たのか?社長の部屋」 「…………ごめん、なさい」 翔弥はすぐに目をそらした。来週行われる試験の受験票が入ったファイルをぐっと握りしめている。 ヤバい。こんな受験直前に……下手なこと言ったら点数に影響が出そうだ。 「翔弥」 「………は、はい」 「ひとまず忘れてくれ。来週が終わったら、お前の話もちゃんと聞くから」 「…………否定、しないんですか」 「してもいいが、どうせ疑惑は晴れないだろ?だけど今そんな話してる余裕はない。わかるよな?なんのために俺がずっとお前についてきたか」 「…………」 あーーくそめんどくせぇ。 でも、まさか本当に部屋を覗かれたのか?あそこにはちゃんと鍵がついている。閉め忘れ……はないと信じたい。外から開けるとしたら、合鍵が必要で……そもそもあるのか?社長の個人部屋の合鍵なんて。 それ以上なにも言わず冷静に翔弥を見ていたら、彼は「わかりました」と小さく呟いた。 「……他に質問は?」 「ありません」 「もし、土日でわからないことがあったら、百瀬さんに言えば、俺の携帯繋がるから」 「……え?」 「万が一、だ。じゃあな。当日は朝イチで来る」 それだけ言い残し、俺は翔弥の部屋を出た。 翔弥に、神ノ木とのことがバレたかもしれない……しかもこんな受験直前に……くそっ。 イラつきながら翔弥の部屋を出たところでーー俺を待っている人物がいた。 「………百瀬?」 百瀬は俺に気がつくと丁寧に頭を下げながら近づいてきた。 「お疲れ様でした。新見先生。ーー社長の部屋に行く前に、少しお話よろしいですか?」 ***** 俺は重い足取りで百瀬のあとをついていく。 「あの、百瀬さん?話って?」 百瀬の仕事部屋に連れていかれると、「とにかく入ってください」と言われた。 パタン、とドアが閉まったあとガチャと鍵をかけられた。それを見て、ふと百瀬に聞いた。 「……あの、この家は全ての部屋に鍵がついてるんですか?」 「そうですね、基本的には」 「………部屋に合鍵……はありますか?」 俺がそう聞くと百瀬は数秒黙ったあと、鋭い目をこちらに向けてきた。 「なぜそんなことを?」 「え?いや……なんとなく、です」 神ノ木社長の部屋を翔弥に覗かれたかもしれないから……とは言えずにいる俺に百瀬は書類が山積みなっているデスクまで近寄り、引き出しからなにかを取り出した。 「ーーお探しのものはこれですか?」 「!?」 チャリ、と百瀬が手にしていたもの、それは…… 「もしかして、社長の部屋の……?」 「そうです。社長の個室の鍵は、社長と私が持っています。もっとも、これはスペアなのでめったに使うことはありませんが」 「………随分、社長に信頼されてるんですね。あなたはてっきり翔弥の世話係かと」 「私は翔弥さまの付き人であると同時に、社長のお世話係でもありましたから」 「……え!?」 百瀬は鍵をデスクに置く。 「社長の、って」 「あなたと同じです。あなたと社長が雇用契約を結ぶまで、私が社長の夜のお相手をしていました」 「!?」 ーーーうそ、だろ? 俺は動揺で声がでない。 まさか、そんなことが……… 百瀬は動揺する俺をまっすぐに見ていた。 「そんなに驚くことですか?社長の無茶振りを見れば想像に易いでしょう」 「………それで?俺が来て社長に必要なくなったから、……わざと社長の部屋を開けたのか?」 「………」 「翔弥に、勉強でわからないところを俺に聞きに行かせて、翔弥……に……俺と社長がしてるところを見せた?」 「よくおわかりですね。頭の回る方は好きです」 百瀬は一歩前に出る。思わず俺は後退りした。 ーーなんなんだこいつ、いや、神ノ木もだが。 受験生のこどもに対して。 「翔弥は、入試直前の受験生ですよ?俺が最初、翔弥にキスされたことも忘れてませんよね。あなた方の大事なお坊っちゃんの大事な時期に……変な影響がでたらどうするんですか。一体どうして?」 「……ふふ、あなたがそれを言いますか」 「なにが目的だ?」 「目的?……そうですねぇ」 「……社長を俺に取られたことが気に入らないのか?」 そう言うと、ぴく、と百瀬の目元が動いた。 ーー図星かよ。 「………翔弥は、来週には受験だ。そうしたら、俺と社長との契約は切れる。どうせあんたも知ってるんだろ?……翔弥には悪いが、合格できたらそれで家庭教師は降りさせてもらう」 「……カウンセリングの方は成果が出ていませんよね?職務放棄ですか」 「……っ、あいつの親との情事を見られて、この先まだ一緒にいられるわけねーだろ!」 「そうですね、あなたの恋人……芦屋龍樹さんも、まだあなたが社長と関係があると知ったら、傷つくでしょうね」 ーー!?は? ちょっと待て。なんで芦屋を知ってる? 百瀬の確信めいた発言に、胸がドクンと跳ねた。 「……………誰のことだか」 「しらばっくれても、無駄ですよ。芦屋龍樹さん。あなたの大学の同期で職業は声優。今、あなたとは同棲まがいのことをしていますね」 「…………っなんで」 「簡単なことです。あなたを調査しました。ああ、でもこれは私が個人的にしたことなので、社長は知りません。私、実は芦屋龍樹さんのファンでもありまして。よくラジオを聴いています」 ………芦屋の、ファン?百瀬が? 「…………オタクかよ」 「失礼ですね。あなたに趣味をとやかく言われたくない」 「…………芦屋のファンが、なんだ。芦屋が付き合ってる相手が俺みたいなので、失望してるのか?……ファン心理としてはわからなくもないな」 俺がそういうと、百瀬は更に鋭くこちらを見る。 「新見先生。あなた、自分が置かれてる状況がわからないんですか?」 「……わかってるだろ。翔弥にバレて、ヤバいってことは」 「……では、芦屋龍樹さんは?」 「ーーは?」 「私が芦屋さんに告げ口したらどうなります?いや、別に私がしなくても、匿名でSNSに書き込んだり、事務所に手紙を送ったりしたら……芦屋さんもただで済むでしょうか?」 「!」 「芦屋さん、最近人気出てきてますから、恋人が同姓で……しかも仕事先の雇用主と破格の契約金で関係を持つような相手だとわかれば、イメージアップになることはまずないでしょうね」 「な……!」 こ、こいつ……俺だけじゃなくて芦屋を脅すのか?冗談じゃない。俺とどうなるかは別にしても、芦屋の仕事に影響がでるのはーー 「…………」 「やっと立場が理解できましたか」 「………どうすればいいんだ」 「………」 「どうしたら、芦屋のこと黙っててくれる?」 俺は、百瀬を睨み返しながら聞く。百瀬は満足そうに口角を上げながらゆっくり話し出した。 「私と寝てください。新見先生。一度きりで構いません。そうしたら、あなたの秘密は、黙っておきます」
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