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5
神ノ木翔弥の受験は成功した。
自己採点は数学がギリギリだったが、他でカバーできたこともあり総合点はまあまあだった。
俺は、無事に仕事のひとつである『翔弥の付属大学合格』を達成することができ、安堵した。
「新見先生。お疲れ様でした」
「……百瀬」
「翔弥さま、今、社長に報告しに行ってます。ありがとうございました」
「それは……どうも」
百瀬は、一度抱きあった相手とは思えないくらい普通だった。
まるで俺に関心など一度もなかったかのように。
俺に一礼すると、翔弥の部屋から出ていった。
神ノ木社長からは、翔弥の合格が判明すると同時に、俺との裏契約は解消すると予め言われていた。
つまり、もうこれで神ノ木社長と寝ることはない。
あとは、『翔弥の対人恐怖症の改善』この業務が残っているのだがーー。
ガチャ、とドアが開いたので目をやると、翔弥が入ってきた。
ほっとしたような顔をしてる。
「新見先生」と言ってたたたっとこちらに近寄ってきた。
「翔弥、おめでとう」
「ありがとう、ございました。先生のお、おかげです」
「お前が頑張ったからだろ。良かったな」
頭を撫でてやりたくなったが、やめた。そのまま、部屋のソファーに翔弥とふたりで座る。
「ーー社長は?」
「あ、仕事が、あるみたいで。先生には、また後日、挨拶すると」
「………そうか」
俺は翔弥に向きあい、ゆっくり話し出した。
「翔弥。合格直後にあれなんだが……俺はこれでお前の家庭教師を辞めようと思う」
「え?」
明るかった翔弥の顔がすぐに曇る。
「………お前に、へんなとこを見せただろ。本当に申し訳ない。鍵をちゃんとかけず、不注意だった。あれを見られた以上、俺はお前の担当心理士として相応しくないし……。カウンセリングしてくれる奴は、俺が責任持って後任を探すから」
それが、俺の出した結論だった。
翔弥は動揺しているのか声がでない。……これだけ毎日一緒にいた相手と急に離れるのは不安になるよな。わかってる。……わかってるけど。
「……先、生」
「うん?」
「それは……父がもう決めたことですか?」
「いや、社長にはまだ……」
そういうと翔弥はすっと立ち上がり、デスクから自分のノートパソコンを持ってきた。
……なんだ?
不思議に眺める俺を横目に、翔弥は電源を入れなにかのマークをクリックする。
すると、そこに現れたのはーー
「………な!?」
そこには、俺の自宅での様子が映っていた。
ドクン、と心臓が気味悪く跳ねる。
なんだこれは?……なんで?
「お、驚かせて、ごめんなさい」
「翔弥……」
「先生の、部屋に、か、カメラを入れました。……そのときの映像です」
「はあ!?」
自宅には俺の他にーー芦屋もいた。
翔弥が音量を上げると、やがて俺と芦屋のかすれた声が響き出す。
バンッ!!
俺は、ノートパソコンをバタンと閉じた。
「………なんで、ありえない」
「ご、ごめんなさい」
「お前が、ひとりでできることじゃない。……俺の部屋に入ったのか?まさか……不法侵入だぞ」
誰がやった?と、俺はバン!とテーブルをたたきながら言った。
翔弥は、ビクッと身体を揺らしたあと、ちらちらと部屋のドアをみてる。
「………百瀬か」
「…………」
「あの、クズめ……!」
俺は立ち上がりドアに向かおうとした。が、翔弥も立ち上がり、俺の背中から腕を回して止める。
「離せ!翔弥、これは犯罪だぞ」
「ごめんなさい!ぼ、僕が、頼んだん、ですっ。新見先生のことが気になるから、なにか先生に近づく方法は、ないか、って」
「……っそれで自宅に入ってカメラ取り付けんのか?……はは、そりゃ容易な仕事だな。俺は基本ずっとお前といたわけだから、いくらでも侵入できたわけだ」
翔弥は俺から腕を離さない。
俺は目を閉じる。
ーー落ちつけるわけないが……落ちつけ。翔弥を突き飛ばすことは容易いがそれで済む問題じゃない。
百瀬……あいつだ。
あの野郎、俺を調べたとか言っていたがまさかこんなことまで……。しかもそれを翔弥に見せる?俺に本気になりかけている子供に……。
「イかれてんな、あのヤロー……」
予め金をちゃんと出して、身体の契約を結んできた神ノ木社長の方が何倍も常識的にうつる。
俺はぐっと翔弥の腕をつかみ、ゆっくり離して向き合った。
「………お前は、百瀬から、この映像をもらっただけか?」
「は、はい……。僕が、外に出ることは、ありません……」
「そりゃそうか……」
これが犯罪だとして、やったのは百瀬……とその仲間?神ノ木グループの誰かか?
まさか、芦屋とのこんな姿が映ったものを公に訴えるわけにもいかない……俺はいいとしても芦屋は人気商売だ。これが世に出たら一発で終わる。
「翔弥。……お前はこれを今、俺に見せてどうする気だ?」
「……あ、あの、僕は……。もしかしたら、大学に、合格したら、先生が家庭教師も、カウンセリングも、辞めるかも、しれないと、百瀬から聞いて……引き留め、たくて」
「……………俺が好きなのか?」
「!」
かあっ、と翔弥の顔が赤くなる。わかりやすく。
俺はため息を吐いた。ーーだからガキは嫌だ。俺の仕事と恋愛を一緒にする。
「翔弥、悪いが俺はクライアントには手を出さない。お前が大学生になっても、社会人になってもだ」
「…………でも、」
「カウンセリングも、お前が俺にそんな気持ちがあるなら、良い成果は出にくいだろう。だからやっぱり、俺はお前の担当を降りる」
ーーそして、百瀬に話をつけなければ。
俺を調べあげたことは、百瀬個人がしたことと言っていたから、神ノ木社長に相談すれば力になってくれるか?
いや……でももう、俺と神ノ木の個人的な契約は切れてる。神ノ木はもう、俺を「翔弥の担当カウンセラー」としてしか見ないかもしれない。
金でなにかを繋ぎ止める人間は、それが終われば恐ろしいほどドライになる可能性がある。
そんなことを頭で考えている俺に向かって、翔弥は、今度は真正面から抱きついてきた。
「!?おい、翔弥っ」
「……ぼ、僕!………言いましたよね……!」
「は、はあ?おい、なにを」
「最初に………大学が受かったら、先生の彼氏にしてほしいって……!」
ーーー!
息が詰まった。
いや、そんな、ーーことは、言われたか?
いや、言われたかもしれないが、今、そんなことを言う状態かよ。
「翔弥、待て、落ちつけ」
「先生は、こうやって、この、画像や、僕が見たように……いつも、誰かに、抱かれていたんです、ね。僕に、真面目に、勉強を教える裏で、」
「……!翔弥。待て。これはプライベートだぞ?お前への仕事は死ぬ気でやってきただろーが」
「そ、そうですね。……おかげで合格、しました」
「だったら、結果オーライだろ。……つーかお前がこんなことしてなにをーー」
翔弥は、こちらを見た。バチッと目が合う。
一瞬、そこに。
神ノ木社長のような風貌が見えて、ズキッと心臓がーー身体がーー痛んだ。
「先生、これを誰にも、バラされたくなかったら……僕の恋人に、なって、ください」
神ノ木翔弥はそう言って、ゆっくりと俺の顔に両手を近づけてきた。
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