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この御曹司は、俺が交わした契約を知らない。
ーーーはずだ。
だから契約が終了すればもう、俺が自分の父親と寝ることもない。ただ一度の過ちだったと反省の色を見せれば、きっとーー。
「………翔弥」
「………っ」
唇が触れそうになったところで、左手の手のひらで止めた。
かすかに、翔弥の感触がした。
「………ぼ、僕、本気です」
「ああ、みたいだな……。お前が受験が終わったら聞いてほしいっつってた話は、これか?」
「そう、です」
『合格したら恋人にしてほしい』ーーか。
こちらを見たまま動かない翔弥を見て、俺は舌打ちした。
「翔弥。俺はお前の恋人にはなれない」
「………」
「つーか、恋人どころか、もうお前の勉強も精神面も担当できない」
「……っ!いい、んですか、これ、がどこかに流出、しても」
「常識的に考えろ。いいわけねーだろ」
「だったら…!」
「だとしても」
「!!」
俺は、ドン、と翔弥を部屋のベッドに突き飛ばした。
予想してなかったのか、翔弥はおもしろいくらいきれいにベッドにダイブする。
勉強漬けで、ロクに運動してない翔弥が俺に力でかなうはずはない。
「いった……」と俯きながら口を開く翔弥に近寄り、ギシ、と膝を乗り上げた。翔弥を見下ろすと、あからさまに動揺した。
「!先生、」
「……翔弥、そもそも俺は、お前が思ってるような『いい先生』じゃない」
「………そ、んなの。色んな人、と、してるのを知ったから、知って、ます」
「ふん、童貞のくせに、生意気だな」
「………悪い、ですか。先生が、……僕を、オトナにして、くれてもいいですよ」
「…………」
ーーそうきたか。
火照る顔を見せる翔弥を眺めてたら笑えてきた。
あー……ハジメテってこんな感じだったか?もう遠い昔のことすぎて童貞の感情がわかんねぇ。
「だったら、今ここで、俺にいれてみるか?」
「………え!?」
ビクッと翔弥の身体が反応する。
おいおい、俺、なんにもしてねーんだけど……
翔弥は、焦った様子で狼狽えている。
俺は、しばらくそんな翔弥の様子を奴に跨がって上から観察した。
ーー先ほど見せたこいつの父親みたいなオーラはなんだ。
出来もしないくせに俺を脅したり、「好きだから」と暴走しようとしたり。
……でも、子供は子供だな。経験値が圧倒的に足りないし、理屈よりも感情優先だ。
もちろん父親みたいに金を出すこともできない。
「冗談だ」
「!」
「まだ契約も切れてねーのに、高校生とそんなことしてみろ。危ない橋は渡らない」
「………せ、先生、それ、は………卒業して、契約が終われば……いいんです、か?」
「言ったろ。俺はクライアントだった奴とは付き合わない」
「………じゃあ、ど、どうしたら」
翔弥の眼球が上下左右に揺れる。
ーーこいつは確かに神ノ木の息子だが、まだなにもできない子供だ。
すでに恋愛状態に入っているこいつをうまく手懐けるにはどうすればいい。
「そうだな……」
「…………」
「まず、俺は今の恋人と別れる気はない」
「………画像の、人?」
「そうだ。あと、お前がこのデータを万が一外にもらしたら、名誉毀損や不法侵入でお前と百瀬を訴える」
「………っ」
「だからまずはお前のパソコンのデータを消せ」
「……でも、たぶん、元のやつは……」
「んなこと言われなくてもわかってる」
元データをどうするか、それはあと回しだ。
百瀬を相手にするのは翔弥の何十倍も神経を使わないといけない。
翔弥は小さく頷くとベッドから降りてノートパソコンを開いた。
ゴミ箱の中まで『削除』したのを確認してから、俺は翔弥からパソコンを奪い取る。
「え?先ーー」
バキッ!!
「!?」
パラパラ……と真っ二つに割ったパソコンの破片が飛び散る。
くそ!手が痛い。でも、最新の極薄形体で助かった。
「……人間、やればできるな」
「………わ、割れた」
「弁償はしねーぞ。お前が百瀬の犯罪に少しでも関わった証拠が入ってたパソコンだ。むしろ感謝しろ」
「な、……なん、で」
俺は割れたパソコンをテーブルに置いて、その場に立ち尽くす翔弥を見た。
「神ノ木グループの次期トップを目指すお前に、こんなふうに、人を従わせるためのバカなやり方を覚えさせたくない」
「ーー!」
「脅して俺と付き合って、お前が後々後悔するのは目に見えてる。お前はまだ、社長や百瀬みたいな裁量も器量もない。ただ守られてる子供の分際で、こんなことはするな。将来、汚い大人になりたくなかったらな」
そう言った俺を、翔弥はじっと見つめている。
ーーー頼む、届け。響け。
俺は、家庭教師としてこの子供を見つめ返した。決して表情は変えず、威圧もせず、冷静に。
「…………先生」
「うん」
「先生は、僕、が。……父の跡を継げると、思いますか?父には……もう、見放されてるのは、わかって、るんです」
そのとき、翔弥の瞳から涙が溢れた。
俺はその場から動かずに声をかける。
「お前、やればできるだろ。大学は4年間あるんだ。そこには高校時代よりももっと色んな人間がいる。そこで揉まれてこい」
「…………でき……る、かな」
「百瀬は、お前が次期社長になることを望んでたけどな?」
「!」
パッと顔を上げた翔弥と目があう。
ーー嘘は言ってない。百瀬は確かにそう言っていた。
「……先生、ごめんなさい」
「あ?」
「………合格、できるまでずっと勉強教えてくれた先生に、僕、酷いことする、とこでした」
「……そうだな」
まあ、それはちゃんとした仕事だから当然なんだがーー。
翔弥は壊れたノートパソコンを手にした。
「あ、おい。破片が残ってるかも」
「……大丈夫です」
「……気をつけろよ?ていうか、これ片付けないとやべーな」
床に散らばった破片を拾おうと俺がしゃがみこんだとき、「新見先生」と、頭上から翔弥の声がした。
「………ん?」
ぱち、と破片が指に触れた。
いて、と呟きながら俺は翔弥を見上げた。
翔弥は、穏やかそうな顔でこちらを見下ろしていた。
「先生、ありがとうございました」
「あ?……あー、うん」
わかってくれたのか?
それなら、それでいい。
俺は再び視線を落とした。……うわ、指、少し切ってんじゃん。
ペロッと人差し指を舐める俺にーー再度、話しかける翔弥がいた。
「だったら僕ーーー先生と………します」
「………え?」
今、翔弥の奴なにか言ったか?
俺は聞こえなかったので、立ち上がり、「なに?」と聞いた。
壊れた機械を胸に抱き締めながら、翔弥はにこりと微笑んだ。
「先生と、『仕事』、として、契約します。父と先生がしてた、みたいに…先生とSEXできる契約。……いいですよね?相応の、お金を払うなら」
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