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このガキーーー
「おい、おいっ百瀬!!」
「ーーなんですか?翔弥さまのカウンセリングは終わりました?」
叩きつけた百瀬の部屋のドアが開くと、百瀬は少し眉を潜めながら出てきた。
俺は強引に中に押し入り、鍵を閉める。
「ちょ……なんですか?いきなり」
「黙れ。お前に聞きたいことがある」
「…………なんでしょう」
怒りが抑えられない俺に、百瀬は冷静に「座ってください」という。
ドカッと椅子に腰掛けた。
「俺の家に監視カメラを仕掛けたな?いつどこにどうやって仕掛けた?」
「は?」
「この期に及んでしらばっくれるなよ、俺は今最高潮に機嫌が悪いんだ。パソコンの一台二台、ぶっ壊すくらいに」
「…………どのパソコンを?翔弥さまのものですか?」
百瀬はあきれた顔で俺の目の前にテーブルを挟んで座る。
イライラの震えが止まらない。
俺は百瀬を睨み付けた。
「パソコンはどーーでもいいんだよ!それより不法侵入で訴えるぞ!」
「……ちょっと意味がわかりません。私があなたの家に無断で入ったと?」
「そうだろ!俺を調べたってのも、カメラ仕掛けたからだな?芦屋との関係を知ったのも……!」
「……確かにあなたを探偵に尾行させましたが、家に入ったりしてません。あなたが外で芦屋さんと会ったり、ラブホテルに入っていく場面をおさえただけです」
「……はあ?今さらそんな言い訳……!!」
俺は身を乗り出して百瀬に食って掛かろうとすると、百瀬は黙って立ち上がり、書類棚の扉を開けた。
中からファイルをひとつ取り出し、戻ってくる。
「……!これは」
「調査書です。この調査員は私の古い友人です。私がしたのはこれがすべて。これ以上のことはしてません」
「……………嘘だろ」
渡されたファイルをめくると、探偵という人間が撮ったとみられる俺と芦屋の写真があった。大体が外でのもので……家の写真は、玄関前までしかない。
「…………そんな、だって」
「誰かに家に入られたんですか?」
「………カメラを」
「カメラ」
「………」
俺は、俯きながらゆっくりと先ほどの翔弥との話をした。
百瀬は無言で全て聞いたあと、「そうですか」と呟いた。
「そんなことをされれば、取り乱すのもわかります」
「翔弥は、お前がやったと言ってた」
「……なるほど。翔弥さまもまた……すぐにバレる嘘をつきますね」
「………嘘」
「嘘ですよ。私ではありません。……まあ、だとすれば、そんなことをできるのは他にひとりしかいませんが」
ーー他に、ひとり?
「まさか、わかりませんか?」
「…………考えたくない」
「……まあ、気持ちはわかります。でも、これも含めて、あなたには破格の報酬を支払ってたんでしょうね。神ノ木社長は」
「ーー!」
『先生』と呼ぶ、神ノ木の声が脳裏を掠めた。
俺はぐしゃっと目の前の書類を握りしめた。
「なんで?社長は、なんのために俺の家にカメラを……」
「………親心からだとしたら、翔弥さまを四六時中預ける相手を把握したかったから。……あるいは、身体を繋げる相手として単純に興味があって私生活を覗きたかったか……とか?」
ーーーとか?
とか、じゃねーだろ。ふざけんな。なんだそのデタラメな理由。
カメラのデータを握ってるのが百瀬じゃなく神ノ木であるなら、全然ことの大きさが違う。
「大丈夫……じゃなさそうですね?新見先生」
「………社長は、受験が終わったら契約を解消すると言ってた」
「気が変わったんじゃないですか?あなたとの相性が良すぎて、手放したくなくなったとか」
「………でも、社長は契約を延長したいなんて、俺には一言も言ってきてない」
「それはーーまあ、あの方はプライドが高いですから。半年と言った契約を、自分から伸ばしたいなんて言わないでしょう。……あなたが自分から必ず言い出してくるように仕掛けたとしたら?」
…………マジか。そんなこと、ありえるか?
俺はただの家庭教師で……特別な魅力のある人間じゃねぇ。
「………どうすればいい」
「『再契約』しないことが、私とあなたとの約束ですよ」
「………映像は」
「困りましたね。よりによって芦屋さんも映ってるんですよね?『再契約』すれば、社長はデータを消してくれるかもしれませんが、その場合、私がそのファイルを世間に出すことになります」
ぐしゃぐしゃになった書類を伸ばしながら、百瀬が言う。
……嘘だろ。八方塞がりじゃねーか。
「……………くそ、」
「もし社長のことを拒んだらたぶん……私がこのファイルを匿名でさらすことの何倍も酷いことになりそうですね。神ノ木社長は、マスコミや出版社、芸能方面にも顔が広いですから。声優ひとり業界から消すことくらい容易いです」
「………!」
そんな、バカな。
……いや、まだこれは百瀬の言い分であって、本当は社長じゃないのかもしれない。まだ……まだ、わからない。
「………翔弥は?」
「え?」
「翔弥が、言ったんだ。父親と同じように、金を払って俺と契約したい、って。そんな金ないだろって言ったら、一応黙ったけど……」
「………へぇ。翔弥さまが、そこまで?」
くすくす笑う百瀬の声が俺の聴覚を不快にさせる。
「あのな、薄笑いしてんじゃねーよ。終いには『今までもらった小遣いの貯金全額』とか、『足りないなら父親に金借りる』とか言い出してたんだぞ!?どんな教育してきてんだよ!お前らんとこのボンボンは!」
「そう言われましても……我々だけでは手に負えないのであなたのように外部から人を雇ってきたわけですからね」
至極もっともな回答をされる。俺は頭痛が10倍増した。
「俺はあいつの先生として……翔弥には道を外してほしくない……。大学にいけば、俺なんかのことはすぐに忘れる。……だからあんなこと言ってほしくなかった」
「……お金を払って『契約』すれば、誰かを買えるなどと、翔弥さまには知ってほしくなかった、と?」
ーーだって、知らなかったんだ。
これは、俺と神ノ木との個人的な契約で、他の誰かを巻き込むものだったなんて。
「………自業自得ですね。快楽のために社長と個人的に契約し直したのはあなたでしょう。多良川さんから聞いています、一度は契約を解消したというのに」
「……………やっぱり知ってたのか」
「どうするんです?ひとまず、社長と話にいきますか?」
「…………」
神ノ木と話して、百瀬の話通り『再契約』を頼まれたら?俺は、反抗できない。
「……今までの話で、一番かわいそうなのは、芦屋さん、ですかね」
「…………」
「直接関係ない私や社長や翔弥さまに恋人関係を知られて、……仕事をなくすかもしれない脅しをされて。私は、彼のファンなので、できればそんなことは望んでないのですが」
百瀬は少し残念そうにそう言う。
「……だったら、もし俺が社長と『再契約』することになっても、……言わないでいてくれるか?俺と、芦屋のこと」
俺は、静かに百瀬を見た。百瀬は、ファイルをパタンと閉じ、首を傾げている。
「なるほど。その手がありましたね」
「…………」
「私が、社長とあなたの関係も、芦屋さんとあなたの関係も、黙っていればなんとかなる、と」
「…………」
「先生……でもさすがにそれは、私を買いかぶりすぎてません?私はあなたの友人でも、味方でもありませんよ?」
「………………だけど、それしか」
神ノ木を敵に回すより、マシな気がする。
なんてーーダメだ、頭が回らなくてすげぇバカなこと考えてる。
「……先生、そんな顔をしないでください」
「………うるせぇ」
「仕方ありません。もし社長が私が言った通りのことをあなたにしたなら、そのときは好きにしてください」
「……え?」
百瀬はファイルを棚に戻しながらそう言った。
「ただし、」と、悪魔のような言葉を、付け加えて。
「あなたが再び社長と契約するなら、私とも再び寝てください。社長との契約が終了するまで。そうすれば、社長も、私も、芦屋さんには一切なにも致しません」
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