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「全て嘘」という淡い期待は虚しく、百瀬が立てた推測はほぼ全て当たっていたことを、俺はその日のうちに神ノ木進司から直接知ることになった。 「新見先生の弱みを握りたかったんですよ。初めて多良川から紹介されたときから一目惚れっていうんですか?俺と長く契約して(つきあって)くれそうだなって思ったんです。直感で」 「……それは、俺が同性愛者だからですか?」 「まあそれも事前に聞いていたので、ね。でも実際、相性もいいですし、先生はお金にもなるし良い関係じゃないですか?多良川には感謝してるんです。こんな素敵な先生を紹介してくれて」 翔弥も受験に受かりましたしね、と言いながら神ノ木は俺の髪に触れる。 何度も来た神ノ木の部屋で、ふたりきりでしか話をしないと言った神ノ木は、翔弥も百瀬も中に入れずに俺と話をしている。 「……犯罪まがいのことをする方と、これ以上契約はできません」 「カメラは一ヶ所しか取り付けていませんよ。ずっとでもなく、一週間ほどで外しました」 「……あのなぁ、そういう問題じゃねーだろ」 「まあ、確かに。非常識であると自覚はしてますけどねぇ……俺も色々な人間や場面を見てきてるので感覚がちょっとズレてるのかもしれない。きっと、百瀬がやったようにちゃんとした探偵(プロ)に仕事として依頼する方が、正しいんでしょう」 ……探偵に尾行させるのも死ぬほど苛つく依頼だけどな。 「百瀬さんがやってたこと、知ってたんですね」 「そりゃもちろん。だってあいつ、俺のことめちゃくちゃ好きですから」 「……!」 自信満々にそういう神ノ木を見て、百瀬を思い浮かべたらマジで腹が立ってきた。 ーーなにが「自分がやったこと」だ。「社長は知らない」?ふざけんな。 「それなら、百瀬……さんに戻したらどうですか。夜のお相手。彼もあなたと関係したがってましたよ?」 「うん、知ってます。でもなぁ、俺、今はまだしばらく新見先生がいいから」 「……っ、だからなんで?やること一緒なんだから、気持ちよくしてくれる奴なら、誰でも同じだろうが」 「え?全然違いますよ。百瀬を抱くときと、先生を抱くときじゃ。それに百瀬とはもう10年以上してきたので、しばらくは抱くつもりないです。あいつがしたがってるのはわかっていますよ?あえて抱かないようにして、先生に嫉妬させて……俺を見るあいつを見てるのも、楽しいんです」 ーー…………やべーなこいつ。頭のネジ一本外れてるわ。 俺は、パッと神ノ木の手をはらった。 「神ノ木社長。よろしければうちの研究室のベテラン心理士をお呼びしましょうか?心身共に大分お疲れのようですので、カウンセリングなら承りますよ」 「え?あはは、なるほど。カウンセラー(にいみせんせい)には私は病んでいるように見えると」 「俺でなくても大分ヤバイってわかりますよ」 「ありがたい申し出だが、生憎俺は心理カウンセリングとか一切信用してなくてね。自分のことくらい自分で解決できる。まあ、翔弥みたいな心身共に脆弱な人間にはもしかしたら効果があるのかもしれないが……」 「………今の言葉、あまり外ではもらさない方が身のためですよ」 「ご忠告ありがとう。もちろん、こんなこと新見先生にしか言いません。職業差別や人間差別はよくないですもんね?」 神ノ木は睨み付ける俺を見ながらにこっと笑う。 すると急にソファーから立ち上がり、俺の目の前に立った。 「新見先生。俺はあなたに『仕事』を依頼している。通常ではありえないほどの報酬を払って」 「……画像消去を望むなら金を返せと?盗撮代が報酬に入ってたって言うんですか」 「……罪になりたくないからね。そういうことにしましょうか」 「そんなバカな言い訳………!」 ないだろ、と言おうとしたのを、ぐいっと顔をつかまれて、唇を塞がれた。 「ちょっ……おい!」 「ねぇ、先生?百瀬とはうまく話をつけられました?」 「……は、はあ?」 「俺は先生が『再契約』してくれるなら、完全に画像を削除しますよ。今後一切そんな行為はしないとお約束もします」 「………っ」 「百瀬は先生が俺と関係を持ち続けることを望んでませんね?あいつがどんな条件出してるのか……大体想像できるが、まあ、それを差し引いても、俺と『再契約』した方が、先生には都合がいいでしょう」 「芦屋龍樹さんのためにもね」という神ノ木の凍りつくようなセリフがーー 俺の心を狂わせる。 「…………本当に、全部消すんだな?」 「もちろんです。次は口頭ではなく書面契約にしましょう」 「…………」 「良かったですか?もし、承諾してもらえるなら早速内容を改めて……の前に」 「……?」 神ノ木はゆっくりと俺の目の前に座り込み、少し顔を傾けて言った。 「折角先生とふたりになれたので、こ難しい話は置いといて……します?」 「……は!?なに言ってんだお前……!!」 「契約外なので、強制はしませんけど。したくなりました。ちゃんとした報酬は渡しますよ」 「ばっ……かか!するわけねーだろ!!」 「………そうですか。一応、理性と常識は残ってるんですね」 「……あんたは変わらず最低最悪な雇用主だな」 俺は服の上から心臓あたりを掴み、神ノ木を睨み付ける。そんな俺を立ち上がり見下ろしながら、神ノ木はふと笑って言った。 「残念です。今日抱かせてくれるなら……一生忘れられないくらい、めちゃくちゃ優しくしたのに」
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