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 そして、ティナは前ひれを折ってお辞儀のような仕草をする。 「お姉さん、ごめんなさい。はい! よくできました~!」    ティナの動きに合わせて彼がそう言いおわると、ティナはくるっと彼の方を振り向く。腹を立てていたのもなんだか情けないような気がしてきて、私はティナの背に軽くお辞儀を返す。しかし、私がまた顔を上げたその瞬間、ティナの向こうでこちらを見ていた彼の瞳の色が変わり、その手がわずかに動いた。    ——あっ、この流れどこかで……!    避ける間もなく、ティナの尾びれが水を跳ね上げる。無様に水飛沫を顔面に受け、私は塩辛い水に咳き込む。 「こら、ティナ! 反省してないだろ!」    彼はティナを軽く叱りつける。しかし、怒った口調はそのふりに過ぎず、影に愉快そうな色が透けているのははっきりと分かった。    今回のはティナの悪戯じゃない。お客さんは騙せたって、私は無理だ。ハンドサインを使ってたくせに、よくもぬけぬけと……!    この人、やっぱりなんなの⁉︎    私は、違う意味で感情が爆発しそうになるのをぐっと堪えた。  何かを言う代わりに、目線できっと睨みつけると、彼はあの眩しい爽やかな笑顔でこちらを見ていた。  心臓がまた早くなる。ねえ、お願い。こんなやつ相手に、これ以上ドキドキしたくないよ。 ティナがケケケと笑う。飼育員が飼育員ならクジラもクジラだ。夏色の陽射しがハイライトの、可愛いきゅるっとした瞳が急に小憎たらしくなる。二度とショーなんか身に来るものか。そう決意して、私は席を立つ。  顔が火照って心臓が痛いのは、私が怒ってるからだ——たぶん。
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