2/3
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
 私が違和感に気付く前に、ティナはプールに潜り込み、その大きな身体をくねらせてジャンプの体勢に入った。水面下を動く黒い影。それは素早く水面を突き破り、跳び出した。    ザバッと水飛沫が上がる。私は、ここで初めて違和感の正体に気付いた。    ティナの身体が、あの時よりも大きい。あの時の数倍のスピードと迫力で、ティナの巨体がこちらに迫ってくる気がするのだ。    でも、気付いた時には既に遅かった。ティナの身体が、私の目の前の水面に着水する。思わず目を瞑った瞬間、ドーンと水の塊が襲った。冷たい水が、頭から全身を濡らす。私は呆然として、しばらくそのまま硬直していた。 「こら、ティナ! そっちには跳んじゃだめだって言っただろ!」    マイクを通した彼の声に、私はハッと我に返る。ステージの一番端、死角の外から、彼がこちらを見ていた。 「お姉さん、すみません! クジラって、悪戯好きなんです。たまにこうして僕の指示を無視することがあって……」    小学生たちがずぶ濡れの私を見て笑っていた。彼の表情とアナウンスには、一瞬焦りが浮かぶ。しかし彼は、一瞬にしてそれを笑顔のポーカーフェイスの下に隠すと、私に向かってこうアナウンスをしたのだった。 「でもね、お姉さん。ティナの水飛沫って、幸運をもたらすんです。この後、きっといいことありますよ」  今までのどの瞬間よりも穏やかな口調。こちらに向けられた微笑は、太陽の下の水飛沫も比べ物にならないくらい眩しい。    また、心臓が変な音を立てた。なぜか胸が詰まる。文句の一つも言いたくて口を開くけど、声を出せば何かが溢れてしまいそうで言えなかった。ぎゅっと唇を噛んで俯くと、アナウンスには少し間が空いた。不思議に思って顔を上げると、彼と真っ直ぐ目が合う。数秒、何が起こったかよく分からないうちに、彼は視線を外してアナウンスを再開した。 「いや、とはいえティナも謝らなきゃですね。ほら、お姉さんにごめんなさい。出来る?」    彼が言うと、ティナは素早く泳いできて私の前に顔を出す。曇りのない澄んだ瞳がこちらを見つめてきた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!