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*11 独り慰める夜に起きた事件のような偶然
俺がノンちゃんの“デザート”になる時――つまり、俺が彼に触れられる時、始まりはたいていこうやって俺の口にノンちゃんの指を咥えさせられる。
べつに加えさせられた指をその後俺のナカに入れるわけではないんだけれど、されていることはたいして変わらない気がする。だって、口の中で、ノンちゃんの指はじっとしていなくて、俺の舌の動きを翻弄するようにゆるゆるとうごめき、口中を掻き乱すから。
こういうことをいつか俺は、こっちの口ではなくて、下の口でされるんだろうか……そんなことを考えながら、いつもノンちゃんの指を咥えて愛撫するんだ。
自分の思っていない方向から口の中をかき回されるから、ただ指を咥えているだけで俺の躰は熱く硬くなってしまう。
そんな俺の姿を見ながら、ノンちゃんはくすりと笑って、耳たぶに舌を這わせるほど近づいてきて、こう囁くんだ。
『――お前は本当に、偏食のクセに食い意地が張ってるよな……指だけでこんなにして……』
口の中に口内炎なんかがあったりすると、ノンちゃんはあえてそこに触れてぐりぐりと刺激してくる。そのじんわりとした痛みが、実はちょっと……いや、かなり、好きだ。
口内炎をいじられて躰をはち切れんばかりに勃起させている俺を、ノンちゃんはゆったりした微笑みを含んだ目で見てきて、そして口に入れていない方の手で、俺の躰を――
「っは、っあ、ン……んぅ、ノンちゃ……っは、あぁ」
リアルに脳内に思い描ける彼の姿と表情と指の動きに、俺は完全に理性を失った。
半月以上の空白に耐えかねて、バカらしく虚しい行為だとわかっていても、自分の指先を咥えて彼だと思い込み、自分自身を慰めることがやめられない。
何故なら俺は、俺の身体は、躰は、ノンちゃんが作り出したもので造られているはずなのに、今の俺の中には彼のものが何もない。
その空っぽな状態は飢餓にも似ていた。
ものすごい偏食なのに、大食いの俺は、好きなもので身体が満たされないと生きていけない。
お腹が減って死にそう――でも、彼はここにはいない、俺に触れてはくれない。
だったら、たとえ虚しくても自分で自分を慰めて、命を燃やしていくしかないじゃないか。
そうでないと、俺、生きていけない――
「っん、あぁ、っは、あ、っふ……あ、あぁ、んぅ! ノン、ちゃ……!」
おかしくなったように自分の指を咥えて舐めまわして自慰行為に耽っていて、その絶頂がそこまで迫っていたその時だった。
意識の遠くの方で部屋の鍵が開けられる音がした気がした。
俺の部屋は玄関入ってすぐにダイニングに突き当たるから、誰かが入ってきたらすぐさまいまの状況を見られてしまうことになる。
止めなきゃ、と思う理性のカケラの警告と、そのまま突っ走ってしまえと押し切ろうとする本能剥き出しの欲望がせめぎ合う。
そのさなかにも、手の中の躰は熱を増して先走りを滴らせていく。
「よお、サク、ちゃんとメシ食ってる……か……」
「ッあ、あぁ、ノンちゃ……ッ‼」
ドアを開けて部屋に入ってきた相手が俺を呼んだのと、俺が彼の名を叫ぶように白濁と共に吐き出したのが殆ど同時だった。
どろりとした熱いあの独特の感触の粘液が手の中に溢れていくのを、訪問者に気づいて血の気が引いていく俺と、なにが起こったのかわからないノンちゃんが見つめる。
こんな時に限って、射精は長く大量だったりするからタチが悪い。半月以上の空白の影響が如実に表れている。
ノンちゃんは手にタッパーをいくつか抱えていて、きっとその中には俺が食べやすいおかずとか何かが入っているのだろう。
繁忙期になってご飯を作る時間がなかなか取れない時、ノンちゃんは作り置きをしてくれる。
でも今はケンカ中だからそういうのはないだろうと思っていたのに……なにも、このタイミングでなんて……
(ノンちゃん、さすがに引いているよね……だって俺、ノンちゃんのこと考えながらシちゃってたの、聞こえていただろうし……)
言い逃れも言い訳も何も言葉が浮かばない重たい沈黙が漂う中、手の中の躰の熱が冷めていく。
とりあえず、汚したものを拭こうと、思いながらテーブルの上の箱ティッシュを数枚抜き取って股間を拭おうとしたら、それまで黙って俺を見ていたノンちゃんが部屋に上がりこんできた。そして俺の傍らに佇んで、じっと見おろしている。
「……ノンちゃん?」
無言で見降ろされていると微妙に圧力を感じてしまい、つい、俺が名前を呟いた。
ティッシュにまみれた白い股間をさらしたままぼうっと彼を見上げたら、次の瞬間、ノンちゃんが俺のあごに手を宛がって上に向かせて唇を塞いできた。
前触れもなく舌の絡む深いキスは、熱を吐き出して惚けている身体には刺激が強くて、再び脚の付け根が痛くなっていく。
薄いティッシュでしか覆われていないそこがどうなっているのか、きっとノンちゃんにもバレている。
それがたまらなく恥ずかしくてキスを止めたいのに、ノンちゃんは放してくれない。
それどころか、どんどんキスは深くなっていくし、手が俺の躰を握りしめてきた。
「っんぅ! っふぅ! っん、あぁ!」
ぬめった音をさせながら、ノンちゃんがためらうことなく俺の躰をしごく。熱が、どんどん昂っていくのが止められない。
強制的に与えられる快感に思わず唇を放してしまったら、ただただ甘い喘ぎ声が漏れる。
「っあぁ、んぅ! ノン、ちゃ……! っや、あぁ!」
「俺のこと考えてオナってたんだ?」
「……ッ!」
「気持ち良かったか? ……良かったんだろうな、ここ、こんなに汚してんだから」
耳元でノンちゃんが甘く低い声で俺に囁く。それが聴覚を通じて俺を犯していって、ますます彼を感じて欲してしまう。
ひとりでシて、気持ち良かったわけがない。吐き出してしまったのは事実だけれど、それがイコールで快感だったわけじゃない。
だから囁かれた言葉を打ち消すように俺が首を横に振ると、ノンちゃんはくすりと少し意地悪に、だけど、夢の中よりもうんと甘く片頬をあげて微笑んだ。
この笑顔をずっと見たかった。ずっと空っぽになってしまった身体のナカを埋めてほしかった。
――でもそれって、俺とノンちゃんが身体だけの関係だってことの何者でもないんじゃないか?
このところずっと頭の中に渦巻いていたことがもやもやと頭に過ぎって、俺は耳元から舌を這わせて愛撫をしようとしていたノンちゃんの肩を押し退けていた。
腕の長さだけ距離を置かれたノンちゃんが、ぽかんとした顔で俺を見ている。
「サク?」
「ノンちゃ、は……したいから……作ってるんでしょ?」
「え? 俺が、何したいから、って?」
うわ言のように呟く俺の顔をノンちゃんが覗きこんでくる。俺の言葉を聞き取ろうとして距離を縮めてくる。
急にリアルに感じるノンちゃんの吐息が、空っぽだったいままでを急激に埋めにかかってきて息が詰まりそうで、俺は顔を背けた。
「サク?」と、ノンちゃんがさっきより慎重に俺の名前を呼んで、俺は一瞬振り返るかためらって、結局振り返った。
戸惑いが隠せないノンちゃんの眼に、熱を吐き出したのとその姿を見られたのとで乱れたままの俺の姿が映し出されている。彼を欲してケダモノに堕ちた俺が。
なんて、みっともないんだろう。なんて醜いんだろう。俺はただ、ノンちゃんに愛されたいだけなのに。
「ノンちゃんは、俺とエッチなことしたいから、俺に触りたいから、俺にご飯作ってるんでしょ? でも、めんどくさいから、最後までは……セックスはしないんでしょ?」
「は? 何言ってんだよ、サク。なんでそんなこと――」
「だってノンちゃん、言ってくれないじゃん」
「言ってくれない、って?」
「……好き、とか……愛してる、とか……」
白く汚れた下半身をほぼ丸出しにしているようなやつに言われたくないことだとは思うけれど、言わずにはいられなかったし、このタイミングでしか言えなかった。
俺を抱くようにしているノンちゃんの気配が凍り付いているのがわかる。戸惑いすら感じる。
――ああ、きっとこれはビンゴなんだ。だからノンちゃんは何も言わないし、最後までしないんだ。
無言の正解を察した俺は、次に差し出すべきサヨナラの言葉を告げるために口を開きかけた。
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