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*13 言葉にしてない想いとつかみ合った心
「好きだとか愛してるとか言うとさ、お前がめちゃくちゃはしゃいで喜ぶのはわかってるんだけどさ……ただそれを、お前は臆面もなく平然と態度に出したりするだろ、俺がいないところでも。学校でも弁当とかお前無防備に食ってんだろ? そういうのがさー……すっげぇ、俺は心配なんだよ。そのー……お前ってさ、お前が思ってるよりもすっげぇかわいいからさ……だからその……そういうのだだ漏れにして隙だらけになって、あの三嶋って言うやつみたいな誰かに狙われないか心配で……」
翌日が休みの日で良かったと思う。俺はノンちゃんに文字通り抱きつぶされてしまって、朝になっても起き上がることができなかったからだ。
ノンちゃんはこの前ケンカしてできなかった夕食のおかずの作り置きを届けに来たのが昨日だったのだ。
合い鍵も持っている仲だから、特に連絡なしに来て、冷蔵庫に届けて、もし俺と鉢合わせれば謝れたらいいかなぐらいに思っていたらしい。
「それならそうと言えばいいのに……」
「だって、お前がむき出しでシてるからさぁ……」
なのに、ドア開けたら俺がひとりエッチしていたもんだから……ノンちゃんはそれまでなかなか会えなかった事とか、ずっとセックスするのを我慢してきた事とか、積もり積もっていた鬱憤がはじけ飛んでしまったんだという。
「だからって、俺の腰が立たなくなるまで、ヤリまくる? いくらいままで抱くのを我慢してたからって言ってもさ、限度がない?」
「……ほんっとうに、悪いと思ってる」
「っぃたた……」
「しかしまあ、さすが体育教師だな。明け方までヤってたのに数分しか気絶しなかったなんて」
「……褒められてる気がしない」
だからって現役体育教師の腰を立たせなくするほどの性欲ってどうなんだろうか……と、思いつつも、そこまで俺のことをたっぷりと惜しげなく愛してくれたのは素直に嬉しくはあった。俺の体力燃え尽きるほどに欲してくれたんだから。
それに、抱きながら何度もノンちゃんはちゃんと俺に好きだとか愛しているとか伝えてくれたのが何より嬉しい。
とは言え、朝になってもう十時くらいになると言うのに、俺はまだ寝返りを打つのもしんどいくらいに消耗していた。
「なんかまだお腹のナカ、いっぱいな感じなんだけど……」
「……悪かったって」
ノンちゃんの存在感と圧迫感の名残を覚える下腹部にそっと手を当てていると、ノンちゃんはバツが悪そうな顔をしていた。
昨夜俺が意識を失ってからノンちゃんはかなり慌てたらしくて、汗と精液だらけになった俺の身体を丁寧に拭いて、あたらしい下着もパジャマ代わりのスウェットもどうにか着せてくれたんだとか。
こういうところ、すごくノンちゃんらしいなと思う。気遣い屋で気が利くところがよく出ているな、と。
考えてみなくても、ノンちゃんはいつだって俺がちゃんと食べられるご飯を美味しく作ってくれていたし、エッチなことしていた時だって、ちょっとぶっきらぼうな感じがしていたけれど、乱暴だったわけじゃない。
だから、アキさんがこの前言っていたように、ノンちゃんはノンちゃんでちゃんと俺のことを愛してくれていたんだということを、昨日初めてのセックスで抱きつぶされるまで俺は自覚できていなかったんだ。
ノンちゃんなりの愛情表現をちゃんと受け止めきれていなかったのは、やっぱり俺の方だったんだ。
昨日の今日でぐったりしている俺のそばで叱られた大型犬みたいになっているノンちゃんのうなだれた前髪に、そっと触れて俺は言った。
「俺の方こそ、ごめんね。ノンちゃんはノンちゃんでちゃんと俺のこと好きで、愛してくれてるのに……言葉にしてないから、身体目当てなんだ! とか、最後までしないのはめんどくさいからなんだ! とか、めちゃくちゃなこと思い込んじゃって……」
「いや、やっぱ気持ちはちゃんと、お前みたいに口にしないと要らん誤解産むな、ってよくわかったよ」
「俺の方こそ、不安にさせてごめんな、サク」ノンちゃんはそう言って、泣きそうな顔でやさしく微笑んで、俺の頬に触れた。
「やっぱメシは、美味そうに食ってくれて、美味い! ってちゃんと言ってくれるやつがいないと作り甲斐がないよな」
「そうなの?」
「うん。サクがさ、初めて俺が作った卵焼き、すっげ―焦げてるのに、美味い美味いって言って食ってくれたじゃん。もっと作って、って言ってさ。あれがあったから、俺、料理もっと上手くなろうって思えたし、お前に美味いって言ってもらいたかったんだよな」
「料理人になろうとか思わなかったの?」
「俺はサクだけに作りたいんだよ。サクが美味いって言ってくれるなら、それでいい」
「俺もノンちゃんのご飯が世界で一番好き」
俺のために美味しいご飯を作ってくれる、そして俺をとろかせるように触れて愛してくれる大好きな指の感触を味わうように目を瞑っていると、ふわりと何かが唇に重なる。
目を開けると、数センチ先にノンちゃんがいて俺を見つめていた。
「俺がお前の身体造るメシ、ずっと作ってやるから、いっぱい食ってくれよな」
「うん、だからノンちゃんは俺を“デザート”にしてね」
「もう少し野菜と魚食ってくれるんならなー」
「え~? 前より食べられるようになってるでしょ?」
少し、だな、って言って苦笑するノンちゃんの笑顔がすごく好きな表情すぎて、俺は手を伸ばして彼を抱き寄せてキスをした。
最初少し驚いていた感じだったけれど、すぐにノンちゃんも俺の口の中に舌を滑り込ませてくる。
長いながい口付けを交わしながら、やがて数センチほど離れて見つめ合って、くすくすと笑う。
「夕方まで起き上がれなくなっても知らねえぞ?」
「ノンちゃんがいてくれるなら、大丈夫だもん」
「調子いいよなぁ、サクは」
良いじゃん、明日も日曜で休みだし、と俺が囁いたら、ノンちゃんはそうだなって苦笑してまた俺の口を塞ぎ、舌を絡ませてくる。
春間近な陽射しの降り注ぐ寝室で、ブランチ代わりに再び俺とノンちゃんはベッドの中で肌を重ね始めた。
遅い休日の朝の触れ合いは、昨夜よりも更に甘く深くなっていく――まるでふたりの想いのように。
「――愛してるよ、サク」
「俺もだよ、ノンちゃん」
交わす言葉は溜め息に溶けて、互いの肌の上を滑っていくのだった。
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