*5 実践あるのみ、動き出した想い

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*5 実践あるのみ、動き出した想い

 相手に言わせたい言葉があるなら、まずは自分がお手本を示すのが筋じゃないかと思う。小さな子どもに物事を教える時は大人が見本を示すように。  ノンちゃんって、結構照れ屋だと思う。なんて言うか、ちょっと前の言葉で言うなら男らしさにこだわっているような感じ。  運動や筋肉とかは俺の方が上回っている感じはあるけれど、だからってノンちゃんがひょろひょろのもやしみたいなワケではなく、背も俺(一六五センチ)より高いし(一七五センチある)、あごにオシャレなヒゲなんて少し生やしていて、いわゆる大人な男、って感じがするし、周りからもそう思われているっぽい。  ノンちゃん自身もそういう自負というかキャラ認識しているみたいだけど、元々がお喋りなのに口下手っていう矛盾した性格なんだ。  要するに、素直に気持ちを言わない要素は揃っているということだ。こういうところも、昔で言う「男っぽい」ところじゃないだろうか。  対する俺はチビな方だしじっとしてないお調子者なキャラだから、ノンちゃんに「小犬だったらいつも尻尾振ってそうだな」なんて言われている。  ノンちゃんは無駄に高いプライドみたいなのが邪魔しているのか、ノンちゃんから甘い言葉なんてほとんど言われないから(エッチな触り方してくるけど)、それなら俺からもっとアプローチしてみようと実行してみることにした。 「ノーンちゃん」 「んだよ」 「おはよぉ、んー……」  久々に俺がノンちゃんの部屋に泊まった翌朝、頑張って俺の方が早起きをして、朝食も作って、ノンちゃんを起こしてみた。  朝一にハグしつつキスをいっぱいしたら、ノンちゃん、思わずポロッと好きだとか言ってくれるんじゃないかと思ったからだ。  整えていないノンちゃんのちくちくするヒゲだらけの頬にキスをするのって特別感があって好き。だってこういう姿に触れられるって、そばにいる俺だけだから。  ああ、やっぱり俺とノンちゃんは恋人同士だよねぇ……なんて思いながら、俺は頬にもあごにもキスをする。  ベッド半身を起こして、俺に抱き着かれたノンちゃんは、何発もの俺からのキスを浴び続けていた。  ざっと三十個はキスしたんじゃないかと思って、そろそろ言うだろう……と、俺がノンちゃんの顔を見上げたら、あからさまに仏頂面なノンちゃんが俺を見下ろしている。  あれ? なんか、思っていたのと違うぞ? と、俺が首を傾げていたら、またもやノンちゃんからデコピンを食らった。 「いぃってっぇ! なんでデコピンすんだよぉ!」 「昨夜散々触ってやったのに、まーだ足りねえのかお前は」 「ちが……なんでそうなるんだよぉ!」 「じゃあなんだ、腹でも減ったのか?」  違うよ! と、俺が言い返そうとした途端、盛大な腹の虫の声が聞こえてきた。  慌てて腹を抑えるも、ぐるぐると鳴る腹は治まることがなくて、ノンちゃんが呆れながら苦笑する。  べつに朝っぱらから欲情していたわけでも、腹が減っていたわけでもないのに……全く説得力がない事態になってしまって、俺はうなだれるしかない。  ノンちゃんはそんな俺をそっと避けてベッドから立ち上がり、特に何も言わないで寝室を出て行くのを、溜め息をついて見送る。  起き抜けなら本性が結構丸出しだろうから、すんなりいくかなと思ったんだけれど……そんな単純に事が運ぶなら、別に俺は今頃悩んでいるわけがないよな……自分の見通しの甘さを悔やむ。 「ああ?! おい、サク! お前何やったんだよ?!」  いつの間にか身支度を整えたノンちゃんが、台所の方で俺を叫ぶように呼ぶ。  ノンちゃん起こすことで忘れていたけれど、俺、朝食作ったんだった。ノンちゃんがいつも作ってくれるように、ハムエッグを作ってみたんだ。ただちょっと、焦がしてひっくり返したりしちゃったけど。 「サク! お前、勝手に俺んちの台所触ったな?」 「えっと……朝ごはんを……」  ヤバい、怒られる……ノンちゃんは勝手に台所をさわったりしたらいやだったのかも……今更にそんなことを思ってうつむいていたら、ポン、と何かが頭に触れた。  恐る恐る顔をあげると、ノンちゃんが呆れたような、でもしょーがねぇな、と言いたげな顔で俺を見ていた。 「気持ちは嬉しいけど、ひとりではするな。お前は不器用で危ねぇから」 「……ごめん」  すっかりしょ気てしまった俺の頭をぽんぽんと撫でてから、ノンちゃんは台所へ向かう。俺もその後を追って、ノンちゃんと並んで汚してしまったコンロとかを片付ける。それぐらいなら、俺にもできるから。  卵をこぼしたコンロ周りをキッチンペーパーで拭いたり、使いっぱなしで放り出していた菜箸とかボウルを洗ったり。そうしている内に今度はノンちゃんが冷蔵庫から出したトマトを切ってサラダを作り始めた。  その手際は見事なもので、あっという間に美味そうなサラダが出来上がる。 「サク、コーヒー淹れてくれるか?」 「うん!」  こぼすことも焦がすこともなく俺ができて唯一ノンちゃんから任されること。それはインスタントのコーヒーを淹れること。  インスタントのコーヒーと砂糖を入れてお湯を注いで、それから牛乳を入れてカフェオレにする。これが俺の淹れ方だ。ノンちゃんが俺にコーヒーを淹れてくれっていう時はこれのことを指している。  カチカチのハムエッグとぴかぴかのノンちゃんのサラダ、そしてトーストにコーヒー。卵の出来は置いといて、サラダは安定の美味しさだ。 「ノンちゃんの料理ってホント美味しいよねぇ。俺、毎日食べられて最高にしあわせ。ホントにノンちゃんのご飯大好き」 「……どうした、急に。まだなんか食いたいのか?」  褒めれば言ってもらえることではないと思うけれども、嬉しいことをいっぱい伝えれば、ノンちゃんだって嬉しくなってくれて、「そりゃあ、お前がいるからな」ぐらいは言ってくれてもいいと思うんだ。  でも、ノンちゃんったら、そんな甘い言葉を口にしないで、なんかヘンなもの見るみたいに俺の顔をまじまじと見つめて眉根を寄せたりするんだもんなぁ。 「そんなんじゃないよぉ。いつも思ってるもん。好きな人が作る美味しいの食べられてしあわせだなぁ、って」 「ふーん……だったらもう少しピーマンとかニンジンとかも食えるようになってくれよ。おかず考えるの大変なんだぞ」 「……わかってるよ」  折角ちょっとは甘い空気になるかなと思っていたのに、すかさず日頃俺が残しがちな野菜についてのお小言に代わってしまった。  べつに、甘々で感情表現豊かな欧米系彼氏でいてほしいわけじゃない。だけど、付き合いこそ二十年は越えているのに……いや、越えているからこそ、ちゃんと言葉にして伝えてほしいことがあるんだよな。 (――ノンちゃん、国語の先生なのに、そういう読み取りできないの?)  ノンちゃんは国語の先生であって、読心術が出来るわけじゃない、というツッコミは甘んじて受けるとして、とにかく、ある程度なんて言えないほどの長さの付き合いはあるんだから、ちょっとは俺の気持ちも察してくれないかな、なんて思ってしまう。こんなに俺からは好きだって言ってるのに。  そんなことを思いながらノンちゃんを見ていたら、「なんだよ」と、ぶっきらぼうに言われた。  ノンちゃんは先にご飯を食べ終えて、毎日の習慣の新聞に目を通しているところで、目線は新聞に向けられているのに俺の視線は感じるみたいだ。  なんかこれじゃあ恋人同士って言うより、日曜日のお父さんといるみたいだなぁ……と、うっかり思ってしまった俺は、慌ててそれを打ち消すようにノンちゃんに話しかける。 「ねえ、今日どっか行かない?」 「どっかって、どこだよ。いまからだとそんな遠くには行けないだろ」 「えーっと……じゃあさ、ポーテランド行こうよ!」 「ポーテランド? いまからか?」 「俺車出すから! ね、いいでしょ?」  ポーテランドというのは、この街から車で小一時間ほど行ったところにある一番近い遊園地だ。  学生の頃に友達交えて何度か行ったし、ノンちゃんとも二回ぐらい遊びに行ったことがある。  そこにはたしか観覧車があって、結構景色が良かったと思うから、ふたりきりで乗ったらいい雰囲気になったりするんじゃないかと思ったからだ。  甘い言葉には甘いシチュエーションだよな! と、思った俺は、それから急いで朝食を片付けて、支度に取り掛かった。  ノンちゃんと久々にデートらしいことができることに、俺はかなりテンションが上がっていたし、なによりこれならムードとかで気持ちを言ってもらえると思っていたからだ。  詳しい作戦は追々練るとして、でもきっとこれならイケる! と、硬く信じていた。
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