第5話 紫の丘のフキウキウキノトウ

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第5話 紫の丘のフキウキウキノトウ

「あら? でも、フキウキウキノトウは南の草原の先にある森の、さらにその先。紫の丘まで採りに行くって聞きましたけど」  マリの言葉にソフィは一段と目を輝かせた。 「そう! そうなんだよ! 冒険者たちはフキウキウキノトウを紫の丘まで採りに行ってる! 街を出てすぐの南の草原に生えてるのにわざわざ危険な森を抜けて!」  フキウキウキノトウは旬の時期、結構な値段で取り引きされる。いつもは回復薬の原料になる薬草や武器の材料になる鉱物の採取を行っている冒険者チームがその時期だけはフキウキウキノトウを採るためにこぞって紫の丘に向かうのだ。  ソフィが言う通り、危険な魔物が多く生息している南の草原の先にある森を抜けて。 「南の草原にフキウキウキノトウが生えていることを紫の丘まで採りに行く冒険者たちは知らないんだと思う」  冒険者というのは冒険者ギルドに所属し、街の外に出て魔物や魔族を討伐したり薬草や鉱物を採取したりという依頼をこなす職業――仕事だ。できるだけ効率よくお金を稼ぎたいと考えるのが普通。  近場で危険を冒さずに目的の野草が採取できるならそれに越したことはないし、多くの冒険者はそういう意味でとても目ざとい。 「紫の丘に向かうときには必ず南の草原を通る。それなのに冒険者たちが南の草原に生えてるフキウキウキノトウに気が付かないなんてそんなことあるのかな?」 「あると思う!」  フェンの疑いをソフィは力いっぱい否定する。 「七十六番目のお兄様が紫の丘でのフキウキウキノトウ狩りに参加したときの話をしてくれたことがあるんだけど、南の草原で六十四番目のお兄様が掘って確認してくれたフキウキウキノトウとずいぶんようすが違ったんだ。……ところで、このフキウキウキノトウ。その名の通り、浮き沈みの激しい野草なんだけどね!」 「……浮き沈みの激しい野草?」 「……浮き沈みの激しい野草、ですか」  浮き沈みの激しい野草ってどんなだ。  そんな疑問とそれぞれが思う浮き沈みの激しい情緒が不安定な野草を思い浮かべてフェンとマリはそろって眉間にしわを寄せた。食べたら体に悪そうな気がする。フキウキウキノトウを好物と言うほど食べているマリの眉間のしわはなおのこと深い。  でも、誤解はすぐに解けた。 「そう、浮き沈みの激しい野草! 日光を求めて土の中から姿を現わし、外敵から身を守るために振動を感知して土の中にもぐる! 一日のうちに何度も土の外に姿を現わしたり隠れたりするの!」 「あぁ、それで〝浮き沈みの激しい野草〟なんですね」 「なるほど。……なるほど?」  納得してうなずきかけたマリとフェンだったけど途中で首をかしげた。浮き沈みが激しい、という言葉はそう使うんだったか。 「六十四番目のお兄様に確認してもらった南の草原のフキウキウキノトウは五十センチほどの深さまで潜り込んでた。でも、七十六番目のお兄様が話してくれた紫の丘のフキウキウキノトウはせいぜい深さ五センチほど。場所によっては茶色い土からフキウキウキノトウの緑色の頭がちょこっと見えてて簡単に見つけられるって言ってた」  首をかしげるマリとフェンをよそにソフィの話は続く。 「南の草原はいつでも青々とした草が生えてる。地面の振動を感知して五十センチも土の中に潜り込んじゃうんじゃあ、そこにフキウキウキノトウが生えてるなんて気が付かない。ラビィが何に飛びかかったのか五十六番目のお兄様に見に行ってもらったときもフキウキウキノトウが潜り込んだ穴だって気が付かずに〝多分、モグラ塚じゃないかな〟って言ってたもの」  その〝モグラ塚じゃないかな〟という兄の言葉を鵜呑みにせず、〝ラビィは草食のはずなのに〟と他の兄まで巻き込んで調べ続ける好奇心と執念はどこから来るのか。そんなことを考えながらフェンとマリは生暖かい微笑みでまだまだしゃべる気満々のソフィを見守った。 「南の草原と紫の丘のフキウキウキノトウでどうしてこんなにも違うんだろうって考えたんだけど、まずは土の固さ。紫の丘は点々と草や木が生えてるだけで地面が露出してて、多分、踏み固められてる。それに対して南の草原は青草に覆われていて土はすごく柔らかい……んだよね?」  今日、南の草原に行ってきたばかりのフェンの顔を見てソフィが首をかしげる。フェンはこくりとうなずいた。 「フキウキウキノトウが潜ったときにモグラ塚とかんちがいされるような盛り土ができるのも南の草原が柔らかいから、か」  フェンの言葉にソフィはそうそう、とうれしそうにうなずく。 「次に生息している魔物や動物の違い。紫の丘に多く生息しているのは中・大型の肉食の魔物。雑食の場合でも昆虫とかネズミとかの小動物を狙う肉食性の強い魔物が多い。ヘンゲタヌキとかテンイアナグマとかね。そういう魔物はフキウキウキノトウを食べることはめったにない。でも、南の草原は違う」  生い茂る青草を求めてラビィをはじめとした草食、あるいは草食性の強い雑食の魔物や動物が集まってきている。 「人にもラビィにも人気のフキウキウキノトウは多分、他の草食の魔物や動物にも大人気。狙われることが多い上に土が柔らかい南の草原ではフキウキウキノトウが土に潜る速度も自然と速くなる。そうしないと食べつくされちゃうから。ラビィが残像が残るほどの素早さを獲得したのも外敵から身を守るためじゃなくてフキウキウキノトウを捕らえるためなんじゃないかなって私は考えてる」  たしかに南の草原にラビィの外敵となるような肉食の魔物、動物は多くない。街が近いから肉食で危険な魔物が現れると冒険者ギルドがすぐさま討伐チームを送る。魔物や動物の方も警戒して人間の街に積極的に近付いてこようとはしない。  ラビィを狙うのは空から襲ってくる大型の猛禽類くらいなもの。人間のすねほどの高さに育つ青草の中でじっとしていれば十分に身を隠してやり過ごせるのだ。  残像が残るほどの速さで逃げる必要はない。  でも、まぁ……。 「フキウキウキノトウ食べたさに残像が残るほどの素早さを手に入れるっていうのもどうかと思うんだけど」 「だよねー。そこはまだ確信が持てないので引き続き調査しようと思います!」 「その好奇心は素晴らしいですがもう少しバランスよく他のことにも興味を持ってもらえませんか、ソフィ」 「で、このフキウキウキノトウとラビィの生態が私が考えた罠のカギになる!」  マリのお小言を悪気なんて一切なく聞き流してソフィはビシッ! と人差し指を突き上げる。ポーズに意味は全くない。しゃべるだけでは発散が追い付かない興奮を発散するためにやっているだけだ。 「……罠?」  マリが額を押さえてため息をつく横でフェンは首をかしげたあと、〝あぁ〟とつぶやいた。そういえばフェンの夏休みの宿題の話から――ラビィを捕まえなきゃという話からソフィの話が始まったんだった。 「うん、そう! 罠!」  苦笑いでほほをかいていたフェンはグイッと顔を近づけるソフィに思わず顔を赤らめた。 「私が考えた、フェンに試してきてもらいたい罠!」  動揺するほどの距離でフェンの目をのぞきこんだソフィはキラキラした表情でようやく辿り着いた本題の話を始めたのだった。
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