第3話

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第3話

 頷いた京哉も霧島と共に着替え始めた。  パジャマを脱ぎ捨ててドレスシャツとスラックスを身に着け、タイも締めるとベルトの上に手錠ホルダーと特殊警棒を着けた帯革を締める。ショルダーホルスタで左脇に銃も吊った。  機捜はその職務内容から凶悪犯とばったり出くわすことも考慮され、職務中は銃の携行が義務付けられていた。  機捜隊員が所持するのはシグ・ザウエルP230JPなる薬室(チャンバ)一発マガジン八発、合計九発の三十二ACP弾を発射可能だが、弾薬は五発しか貸与されないという代物だ。  しかし京哉と霧島が所持しているのは同じシグ・ザウエルでもP226という合計十六発の九ミリパラベラムを発射できる銃だった。おまけに十五発満タンのスペアマガジンが一人二本という重装備を与えられている。  最初は特別任務のたびに交換・貸与されていたのだが、それも度重なって内容も県警事案に留まらず、依頼主が自衛隊だの国連安保理だのに格上げされると同時に銃も持たされっ放しになってしまったのだ。  元々は県下のヤクザに狙われ身を護るためという理由だったため、職務中以外でも持ち歩く許可は県警本部長から、これも特令として下りっ放しになっていた。そのスペアマガジンパウチも帯革に着けるとジャケットを羽織った。 「忍さん。風邪を引きますから、ちゃんとコートを着てマフラーもして下さい」 「ん、ああ。分かっている」  目の前に屈んだ長身に京哉はマフラーを巻いてやる。その左手を霧島は持ち上げて薬指に光るプラチナのリングにキスをした。京哉も霧島の指に嵌ったペアリングにキスを返す。微笑み合うと玄関に急いで靴を履いた。  ドアを開けると冷たい空気が足元から這い上ってくる。ドアロックして手を繋ぎ合い、互いの体温を感じながらエレベーターに走った。  一階のオートロックになったエントランスを抜けると二人は駆け出す。 「走ったりして大丈夫なんですか?」 「心配するな、大丈夫、問題ない」  いい加減極まりない口癖に京哉は溜息だ。住宅街の小径を五分も走ると、もう野次馬が囲んだ消防車が見えてきた。嗅覚が異常なまでに鋭い京哉は煙臭さとプラスチックの溶けた化学臭に顔をしかめる。野次馬をかき分け、消防隊員に手帳を見せて霧島が告げた。 「県警機動捜査隊の霧島警視と鳴海巡査部長です」 「ご苦労様です。そちらに……」  消防隊員に目で示された先には、覆面パトカーの傍で他の消防隊員と話し込んでいる機捜三班の栗田(くりた)巡査部長と吉岡(よしおか)巡査長のバディがいた。同時にこちらに気付き、栗田らは大きく手を振ってから身を折る敬礼をする。霧島隊長が栗田たちを労った。 「現着・臨場の一番乗り、ご苦労」 「隊長と鳴海もご苦労様です。もう躰はいいんすか?」 「ああ、すっかりいい。心配をかけてすまない。それで赤馬という話だったな。何がどうなっている?」  そこで栗田らの視線を向けられた消防隊員が銀色の手袋に載せた何かを差し出す。 「NKコーポ一〇一号室の火災は鎮火しましたが、室内からこれが発見されました」  煙草のパッケージを三つ重ねたくらいの機器は半分溶けて全体が煤だらけだ。 「これは何なんだ?」 「たぶん自動発火装置だと思われます。それが一〇一号室内の各所に合計五つ仕掛けられておりました」 「ふむ。赤馬とは少々毛色が違うようだな」  たまたま近くを警邏していた栗田らの通報が早かったため、その小さな機器は殆ど形を残して発見に至ったらしい。  赤馬ではないと判明したが機捜は次々と現着した。あとから所轄である真城署の刑事課員らが現着し、最後に県警本部から捜査一課や鑑識に爆発物処理課程を修了したチームまでがやってくる。  彼らに場を譲り、霧島と京哉は他の機捜が付近の警邏に出て行くのを見送った。地取(じど)りと呼ばれる周辺地域の聞き込みや、住人の人間関係である敷鑑(しきかん)などを探るのは所轄や捜一の仕事だ。機捜はあくまで覆面での機動力を求められるだけである。  第一発見者として栗田と吉岡は残り、所轄の人員と喋っていた。彼らに霧島が訊く。 「ところでここの住人はどうなった?」 「不在っすね。アパートの大家に依ると真山幹夫・三十八歳ですが連絡が取れません」 「そうか。長く住んでいたのか?」 「いえ、二ヶ月しか住んでいないそうです。職業は派遣社員としか割れてません」 「分かった、ご苦労だった。あとは明日の報告を待つ。栗田、吉岡、頼んだぞ」  栗田と吉岡は再び身を折る敬礼をし、霧島はラフな挙手敬礼で応えた。どんな案件でも概要を掴んでおくのは機捜隊長の霧島の方針だ。  だがその言葉で霧島が明日、本当に出勤する気と知って京哉は少々ムッとした。それで霧島は人目も憚らず京哉の肩を抱く。 「大丈夫だ、このあと帰ってナニはアレするから心配するな」 「ちょっ、こんな所で何を言い出すんですかっ!」 「お前こそ何を言っている? 明日からの一週間は私が食事当番だからな。ずっと世話を掛けたが、明日から朝食の仕込みはすると言ったつもりだったんだが」 「えっ、あ……そうですか」  頬を赤らめた京哉と涼しい顔をした霧島を見て、栗田と吉岡が笑い転げていた。 「では、失礼する。皆、ご苦労」  捜査陣と消防に労いの敬礼をして霧島はすたすたとその場をあとにする。京哉も敬礼して霧島を追った。長身に追いつくと京哉は吐息で曇った伊達眼鏡を外して袖で拭う。    生活に必要ではないがスナイパー時代に自分を目立たなくするためのアイテムとして導入して以来、かけ慣れてしまってフレームのない視界は落ち着かないのだ。 「それにしても珍しい犯罪ですよね」 「確かにな。あの大きさの自動発火装置を五つもセットされて気付かない馬鹿はいない。おそらく真山幹夫なる人物は自分で装置を仕掛けたのだろう」 「どうしてそんなものを仕掛けたんでしょうね?」 「栗田らが通報しなければ、おそらく部屋は丸焼けだ。真山幹夫の過去と共にな」 「自分の痕跡を消すため……それってある種のプロですよね」 「マル被は指紋等を残すのを嫌った。思想犯かそれとも……いや、まだ分からんな」  部屋に帰り着いてみると、衣服がすっかり煙臭くなってしまっているのに気付く。 「仕方ない、もう一度シャワーだな。京哉お前、先に浴びてこい」 「じゃあ、お先に頂きます」  マフラーを解いてコートとスーツを脱ぐと警官グッズを外した。銃その他はベッドサイドのライティングチェストの引き出しに入れ、下着とパジャマを手に京哉はバスルームに向かう。ドレスシャツや下着を洗濯乾燥機に放り込みバスルームでシャワーを浴びた。  熱い湯を浴び、シャンプーとボディソープで頭からつま先まで泡だらけにして薄いヒゲも剃り一気に泡を流す。そこでドアが開いた。入ってきたのは当然ながら霧島である。 「忍さん、風邪を引いたらどうするんですか」 「だから風邪予防のために風呂に浸かりに来たんだ」  口の減らない年上男に逆らっても仕方ない。今更出て行けとも言えなかった。京哉はシャワーを譲りバスタブに湯を溜め始める。徐々に溜まってゆく湯に身を沈めた。  シャワーを使い終えた霧島は交代でバスタブから出ようとする京哉を押し留め、背後から華奢な躰を抱いて自分も湯に身を浸す。背に密着されて京哉はもぞもぞした。 「京哉、ほら……お前も欲しがっているぞ」 「これは条件反射です。貴方とこうしてて、こうならない方がおかしいでしょう」 「そう、つれなくするな。私ももう、こんなに――」  腰に当たったものを揺らされ京哉は頬に血を上らせる。霧島は躰の中心を湯より熱く滾らせていた。浅ましいと思いながら京哉は反応せずにいられない。 「ったく、もう! するならさっさとして寝ましょう!」 「もう少し言い方はないのか、色気のない」  愚痴りながらも霧島は灰色の目に笑みを溜め、京哉に促されてバスタブのふちに腰を下ろした。
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