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第34話
「奴にとっても予想外だったような感触だな」
「狙いは本当に砂宮仁朗だったのか?」
護衛の任務上、必要な事項には全て目を通している向坂主任が二人を交互に見る。
「私たち狙いならガードを外れないと、余計な危険を背負い込むか」
「そういうことだ」
「だが私たちにはああいう狙い方をされる覚えがない」
「SPでもないのに四六時中、九ミリ口径銃を吊って歩く生活をしていてもか?」
「ああ、あれは砂宮狙いだ。奴もそんな口ぶりだった」
「帳場でも面が割れていなかった砂宮をそいつらは的確に狙えた。不思議だな」
何気ない向坂主任の呟きに二人は顔を見合わせる。言われてみればそうだ。
「なにがしかの奴自身のしがらみ、それにしてもタイミングが良すぎた気がするな」
「『他にも参戦した奴がいる』って砂宮は言ってましたね」
「この夫人殺害と柾木議員への復讐劇に参戦か……」
それきり霧島は押し黙ってひたすらコーヒーを飲み、京哉は煙草を吸い続けた。
今日の予定をこなした議員が帰ってくると入院組と京哉の四人は揃って執務室に向かって不手際と不在を詫び、議員からは労われて執務室をあとにした。
ローテーションに霧島と京哉は就くことなく、十九時の定時より一時間早く上がる。
「やっとまともな買い物ができますよ」
本部に寄り道して銃の整備と大量消費した弾薬の補充をしたのち、マンションへの帰りがけにスーパーカガミヤでタクシーを降りた京哉は機嫌も直ってご満悦だ。
そんな京哉を見て灰色の目を眇めた霧島は一緒にスーパーに足を踏み入れるとカートを押す係を買って出てくれる。だが何やら言いたげなのを京哉は察知していた。
「留守しちゃったから冷蔵庫も全滅ですね」
「そうだな。けど買い物もなるべく早く終わらせて貰えるか?」
「何か用事でもあるんですか?」
訊いてみたが返事をしない霧島に溜息をつき、京哉は買い物を手早く済ませてマンションに帰り着く。久しぶりの自宅で京哉はいそいそと食事の支度を始めた。
「忍さんは先にシャワー浴びてもいいですよ」
「ん、ああ。有難く先に頂くか」
だがシャワーを浴び終えて出てきた霧島を見て京哉は柳眉をひそめる。パジャマではなくドレスシャツとスラックスを身に着けていたからだ。外出するつもりらしい。
「もしかして今夜も聞き込みに出掛けるつもりですか?」
「まあな。そんな顔をするな、軽くだ、軽く」
「怪我してるって自覚がなさすぎじゃないですかね?」
「だから軽くだと言っている。ここ暫く寝てばかりだったしな」
睨んでおいて温めたプレートに人参のグラッセとほうれん草のソテー、ポテトフライに奮発した和牛のステーキを盛りつける。怪我人に良質の栄養を摂らせようと京哉の心づくしだった。
「さて、食べましょうか。忍さんは少しだけなら飲んでもいいですよ」
「運転不可能になるから止めておく」
京哉のトラップに引っ掛かり損ねた霧島は、向かい側に座り手を合わせ食べ始める。
「おっ、旨いな、この肉は」
「こっちのじゃこ入りサラダも食べて下さい。カルシウムと蛋白質摂らなくちゃ」
食事を終えると後片付けは霧島が請け負い京哉はシャワーを浴びた。出掛けるというので仕方なくスーツを身に着ける。警官グッズを装着して懐には銃も吊った。そうして暫しニュースなどを見てヒマを潰し二十三時になって二人は部屋を出た。
月極駐車場まで歩いて白いセダンに乗り込む。霧島の運転でバイパスを走り高速に乗った。
「また例の薬屋さんですか?」
「そうだ」
「ふうん。何考えてるのか教えてくれないんですか?」
「すぐに分かる」
やがて高速を降りて天根市の市街地を走り、オフィス街の裏通りに入ると薬屋の真ん前まで白いセダンを乗り付けた。降車して薬屋のシャッター脇のポストを目に留めた京哉は、スコットシネマシティでの銃撃戦の夜、ここで見たトレンチコートの男が砂宮仁朗に酷似していたのを思い出す。
そんな京哉に霧島は頷き大声を出してシャッターを叩いた。
「おーい、邪魔するぞ!」
シャッターを押し上げて侵入し霧島は京哉をくぐらせてシャッターを閉めた。京哉は霧島に続き黄色っぽい明かりの店内奥に向かう。店主の親父は今日もTVのスポーツ観戦をしていた。相変わらず二人を見ても驚いた風ではない。余程色々な客が来ると見える。
それに情報屋として機能しているだけでもなさそうだと京哉は思った。
「おや、霧島の旦那に美人さん。今日はどうなさったんで?」
「頼みがある」
「いきなり何です?」
「砂宮仁朗と繋ぎをとりたい。柾木議員の秘書が吐いたメアドにメールは入れる。メモもポストに入れさせて貰う。その上であんたからも口添えして欲しい」
親父は暫し黙って霧島を窺う。警察官だと知っているのだ、警戒するのは当然だった。その警戒心を解こうと霧島は張り詰めた雰囲気を緩めて言い募る。
「何も網を張る訳ではない、私個人が会いたいだけだ」
「……それで?」
「今晩から五日間、真城市内にあるスナック『ミランダ』で零時から三時まで待つ」
ミランダは霧島が京哉と一緒に暮らす前に良く利用していた店だ。スーパーカガミヤの並びにあり、マンションから近いので飲んでも自力で帰れる有難い店である。
「なるほど、いいでしょう」
踵を返しかけた霧島の背に親父が声を掛ける。
「他に何か伝えることはありますかね?」
そのままドアに向かいながら霧島は応える。
「今度こそ、尾行は撒く」
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