第36話

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第36話

「乗りかかった船ということもある。付き合いの良さそうなあんたらに頼みたい」 「だからといって何故私たちが手伝わなければならない?」 「無理なら押し入るまでだ。ついでに三浦も始末できる」 「……脅迫する気か?」 「サツカンを脅迫するのも初めてだ。上手くいけばいいんだが」 「あまり調子に乗るんじゃないぞ、この野郎。……行くぞ」 「ちょ、忍さん! 本気ですか?」  グラスを干して立ち上がった霧島は眉間にシワを寄せ、カウンターに万札を置いて京哉と砂宮仁朗を促し外に出た。まるで酔っていないが冷たい風が心地良かった。 「って、本当にいったいどうするんですか?」 「入れないなら呼び出せばいい」 「あ、そうか。単純……」  スーパーカガミヤとミランダの並びにはタクシー会社があり、そこでタクシーに乗り込む。前席に霧島、後席に京哉と砂宮仁朗だ。ここからなら着くのは三時頃になるだろう。 「それと得物は預からせてくれ。会うなり柾木議員を弾かれては堪らんからな」  タクシーのドライバーから見えないようジャケットの懐から出した銃を京哉が受け取った。ヲタの京哉が暗がりで銃を眺め回してから、帯革の腹に差して感想を述べる。 「ガバなんて堅い趣味。守谷で忍さんを撃ってから買い換えていないんですね」 「このまま没収してもいいんだぞ」 「勘弁願いたい、ここ十日近くで三度も襲撃を食らってるんだ。だから顔も変えた」 「それでは忙しくて柾木議員を狙っているヒマもない訳だ」 「あんたらは好都合だろう」 「お蔭で爆弾一個で済んだ」 「またあったのか?」 「未遂だがな」  ゆるゆると喋るうちにバイパスに乗ったタクシーは白藤市内を走っていた。 「そういえば砂宮さん、貴方は柾木議員と直接連絡は取れないんですか?」 「二年前に会った時、互いにメアドをデリートした。それ以来、窓口は三浦だった」 「ふうん。友人として会うこともなく、陰に徹してきたんですね」 「これ以上ないほど互いに惚れた。そうするとわざわざ会う必要はなくなったんだ」 「そういうのも、あるんだ……」  顔を変えた男は、その友情を誇るように真っ直ぐに前を向いていた。  横顔を見つめる京哉はとても真似できないと思う。  霧島に会えない、霧島のいない世界に自分は用がない。そういう恋愛感情とは違うのかも知れないが、誰よりも信頼しているから会わずとも通じるという論理を体現した男たちの潔さは、京哉の理解を超えていた。  やがてタクシーは郊外の高級住宅地に入った。霧島が職務上で得た柾木議員のメールアドレスに短くメールを送る。そうして柾木邸より手前でタクシーを降りた。三分ほど歩いて着いてみると門扉の前にスーツ姿の柾木将道本人が一号警備と共に立っていた。  三人は難なく招き入れられ屋敷に入る。柾木議員の希望で執務室に入ったのは砂宮仁朗のみ、霧島と京哉は室外で一号警備と一緒に立ち番だ。京哉は耳を澄ませて執務室内で異変が起こらないか神経を尖らせる。  そこでポツリと霧島が予想もしなかったことを口にして京哉は仰天した。 「どうやって三浦政美を崩すかが問題だな」 「えっ、ノープランなんですか?」 「悪いか?」 「全く、気分でもの言うの、いい加減に止めて下さいって何度も言ってるのに!」 「あの場合は仕方ないだろうが」  横目で霧島を睨んで京哉は溜息をつく。 「爆弾魔を捕まえて吐かせるのが妥当なとこなんでしょうけどね」 「車両にもこの前の一件から常に一号が就くことになったしな」 「もう、本人に直接揺さぶりかけるしかないんじゃないですか?」 「今更、夫人殺しの件で証拠が出たとブラフを掛けるのか?」 「ヘロインのルートが明らかになったとか……あ。箝口令の絶対保秘なんだった」 「帳場にバレて拙いそのネタは使えん。ならどうするか……」  つま先で絨毯をほじっている霧島に京哉は活を入れた。 「大見得切ったんだからノープランでも胸を張ってて下さい。分かりましたか?」 「ハイ」  取り敢えずはこの柾木・砂宮会談が上手く行けば、砂宮仁朗からの攻撃は考慮せずともよくなる訳で、三浦側だけに集中できるのだ。 「三浦は砂宮と会ってたように、また爆破依頼で誰かに会うんじゃないでしょうか?」 「これからも会うという保障はないが、まあ、目は離せんだろうな」 「でもそうなると特別任務はどうなるんですか?」 「任務は【砂宮仁朗を排除せよ】だ。別に殺さんでも国外に出て貰えばいいだろう? 議員から依頼された過去の暗殺は議員と当局でバーターが成立しているしな」 「へえ。本当にそれでいいんですか? なんだかんだ言って忍さんは優しいですね」 「おい、まさか京哉お前、自分独りで砂宮を()るつもりだったのか?」 「後ろから撃つだけなら簡単、貴方を殺しかけた砂宮を僕は許せませんから」  半ば呆気にとられて霧島が京哉を見つめているうちに音がして執務室の扉が開く。出てきたのは砂宮仁朗だけだった。霧島と京哉はドアの隙間から室内のソファで葉巻を燻らす柾木議員と目前の砂宮の穏やかな様子とを見比べて安堵する。  廊下を歩き出す前に、砂宮仁朗が口を開いた。 「もうひとつだけ頼みがある」 「毒を食らわば皿までだ。いったい何だ?」 「三浦の部屋を知りたい」 「いきなり殺す気ではないだろうな?」 「俺は刑務所に行く気はないと言った筈だ」 「ならいい。こっちだ」  三階に上がった三人は廊下を歩いて三浦政美の部屋の前に立つ。黙ってスーツのポケットに手を入れた砂宮に二人は緊張したが取り出されたのは意外に小さかった。  三浦の部屋の前、ドアを開けて丁度目につく辺りに砂宮が置いたのは四十五口径の銃弾が一個だった。真鍮の薬莢が天井のライトを反射して煌めいている。  効果的なメッセージを残し満足したらしい砂宮仁朗を促し、霧島と京哉は密やかに屋敷の外に出た。柾木議員からの通達が行き届いているらしく、咎められずに門扉をくぐって表通りに出ることができた。少し歩くと京哉が砂宮にコルト・ガバメントを返却する。  別れ際、トレンチコートの背に霧島は低い声を投げた。 「私が言ったことを忘れるな」 「お互いに、な」  片手を挙げて見せたマッドドッグこと砂宮仁朗は夜闇にひっそりと消えた。
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