第38話

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第38話

 とにかく有効射程内に入らなければ話にならない。二人は走りに走って大通りに飛び出した。クラクションが鳴らされ悲鳴のような急ブレーキ音が響く。  そんな大通りの真ん中から遠慮なく霧島は発砲する。警察官職務執行法違反など気にしている場合ではなかった。火を噴いているビルの窓に渾身のトリプルショットを叩き込む。  走って距離を詰めつつ更にダブルタップ。血塗れで斃れた警備員やSPたちを脳裏に浮かべた京哉も同時にダブルタップを放った。こちらはハンドガンで走りながらの甘い狙いだったが、それでもカウンタースナイプが成功したか敵からの火線が止む。  取り敢えず頭上から狙い撃たれることのなくなった二人は再び全力で駆けた。  二人は通りの向こうのビルに辿り着く。そのビルは様々なオフィスの入居した雑居ビルだった。エントランスはノーチェックで侵入が可能、駆け込んで霧島と京哉は叫び合う。 「八階、中央付近だ! お前はどうだ?」 「たぶん一射、いったと思います。貴方、手応えは?」 「今度こそ外して堪るか!」 「なら、おそらく一人で二発以上被弾してる。急がなきゃ」  階段を駆け上り、八階手前の踊り場で二人は銃を確かめた。チャンバまで装填済みだ。  そこから慎重に階段を上って廊下を辿る。辿り着いた目的の部屋の自動ドアを前にして二人は静かに両サイドの壁に張り付いた。窓の数から見てこの部屋に間違いはない。匂いに異常なまでに敏感な京哉は、既にこの自動ドア付近で薄く硝煙の匂いを嗅ぎ取っていた。  頷いた霧島が手を伸ばしてセンサ感知、京哉と共に銃を構えて躍り込む。入ってみて二人は思わず絶句した。とんでもない惨状がそこにはあった。  そこは空き部屋ではなく小さなオフィスで、おそらく働いていた従業員たち全員が血を流し息絶えていたのだ。狭い事務所で逃げ場もなく殆どの者がヘッドショットを食らって死んでいたのは、苦しまなかったという点に於いては不幸中の幸いなのか。  けれど超至近距離で頭を割られ、中身をぶちまけている様は惨いとしか言えない。  そんな凄惨な現場のデスクと頭を割られた人々とを縫って二人は窓際に駆け寄る。男が一人、ライフルを取り落として壁に凭れ、足を投げ出して床に座っていた。霧島の放ったダブルタップを浴びて九ミリパラ二発が右肩をずたずたにしていた。  更に右胸にも一発を被弾している。大怪我に大量出血だが辛うじて意識があるようだ。  周囲を一瞥した京哉が霧島に重大事を告げる。 「忍さん、他にスポッタがいたかも」  スポッタとは狙撃時のアシスト役で観測手のことだ。彼らは通常バディで動く。窓の傍にスポッティングスコープという専用の大口径望遠鏡がセットされたままになっていた。  泡のような血を吐く男の胸ぐらを霧島は掴み上げる。意識をはっきりさせるために容赦なく頬を張り飛ばした。無関係な人間をこんな風に殺す奴に情けなど無用だ。 「死にたくなければさっさと吐け。誰に雇われた? 三浦政美か?」  片手で持ち上げられ、片手でシグ・ザウエルを頭に突き付けられた男は、数秒だけ目を泳がせたのちに僅かに頷いた。更に霧島はシグの銃口で男の頭を小突く。  敢えて霧島が尋問役をやっているのは本気で頭に来ていたのもあるが、京哉にやらせたらそれこそ容赦なく捜査などの後先も考えずにあっさり、いや、時間の許す限り苦痛を与えてから殺すのが目に見えているからだ。 「もう一人はどうした?」 「トレンチの、男が、急に現れた男が……つれて――」  二人は顔を見合わせる。砂宮仁朗だ。マッドドッグと呼ばれた男は、それこそ犬のような嗅覚でここを探し当てたのだ。そして一人を拉致って三浦への案内人にしたのだろう。 「三浦の身が危ないですね」 「分かっている。おい、三浦政美は何処にいる? 言え!」 「会ったのは……成田空港、エアポートハウス、ホテル……だった」  男を突き放した霧島は京哉と共に駆け出しつつ救急要請。自動ドアを出てエレベーターへと向かう。一階に降りた。このビルの屋上はヘリが離発着するようにできていない。 「どうするんですか、忍さん?」 「ヘリで追うしかないだろう。一ノ瀬本部長に県警ヘリの出動要請!」 「はい!」  連絡を取りつつリンドンホテルに駆け戻ると、既に帳場要員が現着していた。その中に三係長の姿を見つけ霧島は片手を挙げて合図する。近づいた三係長は頭を振った。 「やられましたな。ムゴいもんですわ」 「状況はどうです?」 「ホテルの警備員三名死亡。SP三名が危ない。SP一名と柾木議員本人が軽傷だ」 「本部に一報入れたが、あのビルの八階でも五名ばかり()られています。ホシの一人は重傷」 「本当かね、それは? 参りましたなあ」  そこで霧島は京哉に携帯を見せられる。頷いて捜一の三係長には筋を通した。 「すまんが本ボシを確保したい。現場離脱するので任せていいですか?」 「砂宮仁朗かね?」 「それもあるが、詳細はあとだ。急ぎます」 「帳場とウチの剛田課長を通さんと厄介なことになりそうだが、いい、行きなさい」 「恩に着ます!」  面倒な説明を三係長に丸投げし、霧島と京哉はリンドンホテル内に駆け込む。エレベーターで最上階に上がり更に階段で屋上に出た。すると県警のヘリがランディングするところだった。  脚部のスキッドを接地しないまま二人は開けられたスライドドアから機内に転がり込む。  ヘリは急旋回して成田国際空港方面へとノーズを向けた。  以前の特別任務でヘリの操縦まで覚えてしまった京哉は、パイロットとコ・パイロットの背後から計器盤を覗く。ただ操縦は分かっても日本国内の航空交通法規までは分からないので操縦不可能だが興味を持って眺めた。  眺め飽きるとシートに収まり霧島に訊く。 「間に合うと思いますか?」 「さあな……っと、一ノ瀬本部長からメールだ。【白藤市内の報日新聞社の小型ヘリが盗まれたとの一報あり】か。向こうもヘリか、厳しいな」 「あとはどのくらい差がついてるか……砂宮との対決の前に時間との勝負ですね」
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