第39話

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第39話

 柾木将道が血を流したのを目に映し、砂宮仁朗は弾かれたように動いた。  ビルをエレベーターで下り、狙撃者たちのいるビルまで走る。時間との勝負、セオリーを敢えて無視してエレベーターで八階に上がった。  迷うことなく踏み入った事務所は凄惨な状況だった。小さな事務所で全員が血を流し息絶えていたのだ。だが今の砂宮仁朗には柾木将道が流した血しか頭になかった。  今まで血という血を見慣れ過ぎたのかも知れない。  ともかくわざと気配を殺さず踏み込み、振り向いた狙撃者たちの右胸に一発ずつ銃弾を見舞う。四十五口径弾のマン・ストッピングパワーを食らい、スナイパーとスポッタは窓枠の下、壁に背を叩きつけた。  そうして近づいて見るとスナイパーは右肩に二射、スポッタは左肩に一射、九パラらしい弾丸を既に被弾していた。  あの二人と直感する。自分も食らい損ねたヤツだ。だが感心しているヒマもない。  手前で尻餅をついていたスポッタに自分のトレンチを被せ、血を目立たなくさせて立たせると頭に銃を突き付ける。そのままベルトを掴んで引きずるように移動させた。殆ど自力歩行は無理な状態である。エレベーターに乗せた。下階へのボタンを押す。  外に出ると隣のビルに足を踏み入れ、またエレベーターで最上階に上がった。階段を使って屋上に上がる。屋上には既に盗んだ小型ヘリを駐めてあった。乗り込むとターボシャフトエンジンを始動させ、ローターの回転数が充分になったところでテイクオフする。  十五メートルほどの上空に滞空させてから男の髪に銃口をねじ込んだ。 「三浦政美は何処だ?」 「……」  男の左大腿部に押しつけて発砲する。ここで強情になっても結果は同じ、そういう相手と対峙していることすら分からないときては、確かに頭を使うより小さなオフィス皆殺しの方が楽かも知れないと、砂宮仁朗はさほど重たくもなく思った。 「もう一度だけチャンスをやる。三浦政美は何処にいる?」 「……成田国際空港、エアポート、ハウス、ホテルだ」 「何号室だ?」 「七〇二」 「そうか」  顔を土気色にして血を吐く男をヘリのドアを開けて無造作に蹴り落とした。あれだけの無差別殺人をやった男に情けなど無用だ。  柾木将道の血を見た砂宮仁朗は、もうとっくに常識のハードルなど蹴り倒していた。元々砂宮が自ら争いを呼び込んだ訳ではない。むしろ目立たず密かに柾木将道を見守り、必要最小限の動きで柾木議員の暗部の処理をこなしていた。  だが砂宮仁朗は間違いなく今回の案件のキィパーソンだった。  全ては砂宮を中心に回り、彼を巡って思惑も行き来した。砂宮仁朗がいたからこそ柾木議員への攻撃の前に砂宮仁朗を排除せねばならず、砂宮に対する攻撃を端緒として様々に意図する者たちが参戦する争いが生まれた。  その争いを受けて立ったのが砂宮だったために、全ての案件が砂宮流だった。  日本の常識から外れた案件だ。  だからこそ霧島は『次に会ったら殺す』とまで言ったのである。お前はここにいるべき存在ではないのだと。自分たちが護ってきた、自分たちの平和を、他国流に蹂躙されたのが許せなかったのだ。  どんなに惨い戦場も直視してきた砂宮仁朗のような人間にとって、日本人は平和ボケの一言に尽きる。だがやはりここは日本であり、あの小さなオフィスの彼らが平和に浸り過ぎていたのではなく、争いを持ち込んだ砂宮たちのやり方が、あって当然の平和を侵食した異物であり排除されるべきだという意識に欠けすぎていた。  世界でたった一人のバディの背を護ろうとした男、砂宮仁朗は普段なら自分を異物と認識し、それを隠し潜まなければ柾木将道を護れないという意識を働かせ、実行できる冷静な男だった。  だが今やその思考を占めるのは裏切り者を消すという一点のみ、あまりの怒りになりふり構わなくなっていて危険だった。  ヘリを成田空港に向けて全速で飛ばす。四十分と掛からずホテルの近くまで辿り着いたが、当然ながら空港管制に引っ掛かった。だがもう三浦政美を殺すこと以外目的のない砂宮仁朗は、低空・低速で飛行禁止区域に侵入し、強引にエアポートハウスホテルの屋上を目指す。  上手くエアポートハウスホテルの屋上にヘリをランディングさせると、屋上の扉からあっさりホテル内に侵入を果たした。そうして七階七〇二号室の前に立つ。  ドアロックは銃でぶち抜いた。悠々と室内に踏み込むと、シングルルームで三浦政美はスーツ姿のまま椅子に腰掛けてTVを見ていたらしかった。柾木議員の訃報が入るのを待ってでもいたのか。しかし今は恐怖に声も出せず顔を歪めてこちらを見つめている。  そんな三浦の腹にダブルタップを叩き込んだ。三浦は椅子ごと後方に倒れて吹っ飛び、開かない窓に背を打ち付ける。砂宮仁朗は銃口を三浦の額に押し当てた。 「さっきのは静香夫人と柾木将道の分、そしてこれは俺の分だ」  三浦政美の恐怖で縮瞳した目が最後に見たのは形の良い唇の笑いだった。発砲。  もう日本に用はない。廊下に出てドアを閉めると屋上に戻るべくエレベーターホールに向かった。このまま出国し中東かバルドール辺りでゆっくり就職先を探す手だ。  だが研ぎ澄まされた勘が危険を察知する。自分が今、まさに追われる身となったことを唐突に肌で感じたのだ。  砂宮仁朗は目前にあった火災報知器のボタンを押して作動させた。
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