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*エピローグ
人間は食べたもので造られているという。だから栄養バランスの整ったものをまんべんなく食べろという。
俺にとってそれは、大好きな彼の――ノンちゃんの作ってくれた手料理なんだと思う。
ノンちゃんが俺の健康を考えて作ってくれているように、俺もまたその気持ちのこもった手料理を血肉にしていって、そして彼の“デザート”になるんだ。
ぐるぐると巡るふたりだけの“栄養”は、今日も俺の身体を造っていく。
「サーク、お前またきのこ残しただろ」
「いいじゃん、ねぎ入り卵焼きは食べたからさぁ」
「きのこは栄養価が高いから必ず食えって言ってるだろうが! また筋力落ちるぞ」
きのこは筋肉に直接作用しないと思うけどなぁ……と、思いつつも、栄養の詳しい話になると俺は返す言葉がほとんどないし、そもそもノンちゃんはひとつ言うと十倍ぐらいになって返ってくるので、黙らざるを得ない。
秋に入って、旬のせいか最近キノコ料理が多い。シチューとかハンバーグのソースとかに入っているならなんとか食えるけれど、ホイル蒸しみたいにダイレクトに料理に使われているのって相変わらず苦手だ。
しかも今日の弁当に入っていたのはきのこの佃煮で、俺が一番苦手な奴。時々ノンちゃんは子どもの好き嫌い克服作戦みたいに俺が苦手にするものを入れてくる。
ねぎ入りの卵焼きも苦手だけれど、それ以上にきのこが苦手なので、両方残すよりはと思ってねぎの方は食べたんだけど、それでもノンちゃん的にはNGだったみたいだ。
「ノンちゃん厳しい~」
「ったりまえだろ。またお前のその腹筋とか胸筋がぶにぶにになって欲しくないからな」
まあ、それもまた感触としては悪かないけどな、なんてノンちゃんは言いながらにやりと笑う。
最近のノンちゃんは前にもまして色々ストレートに言うようになってきたので、かえって俺はどうリアクションしていいかわからなくて黙らされてしまう。
でも、俺だってただ恥ずかしがって黙っているだけじゃない。
「それなら、ノンちゃんが俺のそういうの鍛えてくれればいいじゃん、この前みたいに」
……自分で言って恥ずかしくなってしまって、俺はプイっと顔を反らす。さり気なさを演出するのって結構難しい。
ノンちゃんの気配を窺っていると、ノンちゃんはちょっと目を丸くして、そしてすぐにくすりと笑って俺を抱きしめてこう囁く。
「――そうだな。たっぷり鍛えてやるよ。そんで、腹減ったらまた俺が腹いっぱいメシ作って食わせてやるからな」
ノンちゃんの囁きに俺がうなずくと、俺らはどちらからともなく唇を重ねていた。
ノンちゃんが俺の胃袋をつかむようなご飯を作ってくれるように、俺はお腹いっぱいになった後で“デザート”になるんだ。彼の心をつかんで離さないために。
互いを味わってわかち合いながら、今日も俺とノンちゃんは愛し合う。だって俺らはお互いの心と胃袋をつかみ合った仲だから。
(終。)
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