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第11話
「二十二時半、まだ早いけど飲んだら寝た方がいいよ……あ、発振だ」
「誰からだ?」
「マイヤー警部補。【銃撃のマル被はミカエルティアーズによる中毒者。被害妄想により公務員に対する恨みを持ち『復讐したのち自殺する』との遺書を持参していた】だってサ」
「またか。相当な量が流れてやがるな。お前、俺の報告は?」
「今からする。貴方は眠ってていいから」
「分かった、寝る」
薬を飲んだシドは大人しく横になり毛布を被せられて目を瞑る。上からそっと抱き締められて何となく頬を包む指の感触をリピートした。温かい筈なのに急激に襲ってきた寒気に知らず身を震わせる。強く瞑った瞼の裏で赤い幻惑斑が明滅した。
懐かしいようなあれは何だったのかと記憶を探りながら酔いそうな眩暈の中で耳鳴りがブザーの幻聴に変化する。喧しいほどのそれに眉をひそめた。
(こいつは警備会場の……いや、あのときの、か? そうだ。あの感触は――)
滑らかな指の感触がごわごわの船外服に変わる。明滅する赤ランプ。警告音。
眠りに滑り落ちると同時にシドは交易宙艦の中を六歳の自分と駆け抜けていた。
◇◇◇◇
「――シド、起きて、シド!」
天井のライトパネルが目に痛い。ぎゅっと目を閉じてからもう一度、思い切って開く。視線を巡らせると毛布の足許にはタマが丸くなって寝ていた。
ベッドの枕元から心配げな若草色の瞳が覗き込み、背後にボサボサの茶髪が立っている。コートハンガーからチューブが垂れ下がり辿ると自分の左腕に繋がれていた。点滴だ。
「ん……あ、先生? 今、何年……いや、何時だ?」
見守る二人の視線が一気に険しくなる。マルチェロ医師が頭をばりばりと掻いた。
「午前一時二十三分。ついでに言えば、お前さんは三十九度の熱発患者だ」
「すまん、起こしちまって」
「構わんさ、想定内だからな。まあ、多少呆けてるが感染症って訳でもなさそうだ。そう心配は要らん。あとはハイファスに熱、下げて貰え。俺も帰って寝る」
踵を返した白衣を送り紺のパジャマ姿は寝室を出て行く。一人戻ってきたハイファはベッドの枕元に腰掛けシドの額の汗をタオルで拭いた。指先でシドの頬を撫でる。
「またあの夢、視ちゃったんだ?」
「え、あ、何だ……?」
「志都ちゃんのこと、何度も呼んでたよ」
「あ、ああ。くそう、何でバッドトリップしちまったかな」
「たぶん原因は鎮痛剤だってサ。普通はそんなこともないんだけどね、あれもある意味麻薬だから。変な人には変な効き方するかもって先生が言ってた」
「変で悪かったな」
「僕が言ったんじゃないってば。もう終わるね、点滴外すよ」
浸透圧式の無針タイプで出血もなく、ハイファは手慣れた様子で処置をした。
「欲しいものはない?」
「お前が欲しい」
「今日はだめって言ったじゃない。納得したんでしょ?」
「誰も納得してねぇよ。それにもう今日じゃねぇ、日付は変わっただろうが」
「貴方、三十九度以上熱があるんだよ?」
「俺にはお前が薬だ。先生も言ってたじゃねぇか、お前に熱、下げて貰えって」
「そういう意味で言ったんじゃ――」
「押し倒すより、押し倒される方がいいのか?」
困った顔でハイファはシドを見下ろした。シドは白い手を掴んで引き寄せ、その人差し指を口に含んで舐める。熱い舌で包まれた指が震えた。流れ込む官能的な感触にハイファは手を退こうとするも軽いシドの力に逆らえない。
「んっ……あっ、ふ……シド、離して」
「嫌だ。俺を入れてくれるなら、離す」
「――分かったから、お願い」
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