第14話〈画像解説付属〉

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第14話〈画像解説付属〉

 ベルの音で黄色っぽい明かりの下、薬のショーケースと壁の間の椅子に腰掛けホロTVでスポーツ観戦していたオヤジが振り向いた。 「おや、シドの旦那に美人さん。お早いお越しで」  言われてハイファはリモータを見る。二十三時だった。 「最近、何か変わったことはねぇか?」  訊いたシドにオヤジは含み笑いをする。 「まったまた。旦那もお人が悪いですよ。ロニアルート、立ってたでしょう?」 「あのクラブ・ユニコーンの前にいたのが売人で、革ジャケットがしきてんか?」 「分かってらっしゃるじゃありませんか」  しきてんとは売人と組み、密売の現場などで当局の人間がいないか見張る者のことである。そんなものがいたことにシドは気が付いていたのだ。素直に感心しながらハイファはショーケースの中に収められた薬を検分する。  シドとオヤジが話している間は、小汚い字でとんでもない値が付けられた漢方薬を眺めながら、こうして聞いているのがハイファの常だった。 「しかしまたロニア、なあ」  ロニア星系第四惑星ロニアⅣは太陽系からワープたった一回という近さで、マフィアファミリーが林立する惑星だ。  マフィアはテラ連邦では違法とされるカジノや売春宿、汎銀河条約機構の交戦規定違反の銃を撃たせるツアーや違法ドラッグなどを提供し、それに群がり外貨を落とす人々があとを絶たないといった、悪循環も最たる状況になっている。  ここから流れ込む武器弾薬に麻薬などは近隣星系にとって悩みの種となっていた。 「仕方ねぇな、カミーユに一報入れとくか」  その場でシドは知り合いの厚生局員、いわゆる麻取(まとり)にリモータ発振する。 「そういやオヤジ、例のミカエルティアーズはまだ流れてるのか?」  シドとハイファも絡んだ挙げ句にシドがハイファに堕ちてしまったあの件で、目薬タイプの麻薬の製造元であるマフィアファミリーは壊滅し本星で流していた議員は捕まった。  だがモノが一人歩きをし、他のファミリーがシノギとして流通ルートを引き継いだのは当然のなりゆきだった。 「そうですねえ、ぼちぼちとですが。でもロニアマフィアの分家がクスリで有名なシンノー星系で派手に始めたらしいんで、そのうち量も出回っちまうと思いますよ」 「くそう……って、クスリで有名なのか、そこは?」 「医薬品の製造輸出で名が通ってますね」 「シンノー星系なあ。ハイファ、知ってるか?」 「ううん、知らない。ってゆうか命令書の付属資料には載ってたけど」  それ以上は話せないのでハイファは再び黙る。何か感じ取ったのかオヤジは僅かに身を乗り出すと首を捻る刑事二人に蘊蓄を語り出した。 「シンノーは神農(しんのう)です。こういう薬屋やってりゃ知らない訳にはいきません」 「何で薬屋ならシンノーを知ってるんだよ?」 「昔々の医学と農業の神サマですよ神農ってのは 。薬にも多大な貢献をしたってんで有名なんです。内臓が透明で毒を舐めれば黒くなって知らせたとか。結局、神農は毒が体に溜まって死ぬんですけどね」 「何だ、神サマも毒で死ぬのかよ」 「まあ、太古の神話ですから。……よっこらしょっと」  立ち上がったオヤジはショーケースから小箱をひとつ手にしてまた腰掛けた。 「このデザインを見て下さいよ」 「どれ――」  乗り出してハイファもオヤジの手元を注視する。 d75e637a-0966-4116-af23-f18aaa4bc2bd  直径一センチほどの小さな円の中に描かれているのは意匠化した二人の人間のようである。だが人間なのは頭部と挙げた片腕だけで、残る躰はまるで蛇のようだった。細長い二体の片腕はなく肩で融合し胴から下は螺旋を描いて絡まっている 。 「何か、気持ち悪くねぇか?」 「うーん、ちょっと待って」  ハイファがリモータでポラに撮って拡大した。直径一センチにしては驚くほど印刷が細かく、蛇身の二人の周囲には星座のようなものまで描かれている。 「で、オヤジ。こいつは何だ?」 「この蛇身人首の二人も太古の神サマなんですよ。片方が創造神のジョカで片方が伝説の帝王の伏義(ふくぎ)、彼らは兄妹とも夫婦ともされてます。これに医学と農業の神サマである神農を加えて三帝とも呼ばれているんですよ」 「ふうん、この気味の悪いのが神サマなあ」 「ちょっと僕らの発想とはかけ離れてるよね」 「んで、まさかそれだけなのか?」 「いやいや旦那。だからですね――」  察したハイファは別室資料を見てファイルの一部を抜き出しシドに見せた。 「シンノー星系第三惑星ジョカ、第四惑星フギ……ジョカは創造神のジョカ、フギは伏義か?」 「そういうことです」 「へえ、それがどうした……って言いたいところだが、何でそんなに詳しいんだ?」 「だから漢方薬がですね――」 「誤魔化すな、俺の目を見て言えよ」  切れ長の黒い目に力を込めて睨まれ、オヤジはたじたじとなって仕方なく傍の小さなチェストの引き出しを開ける。そこから掴み出したのはクスリのシートだ。  三十シートほどもあるだろうか。それには厚生局のマークが入っていない。違法ドラッグという訳である。そこそこ見逃してきたシドもこれには目を瞑れない。 「オヤジ、テメェこんなに……いつもの倍以上あるじゃねぇか!」 「チョウセンニンジン五本分ですよう。たまたま手に入って、つい……」 「ざけんなよ。今日はそれ全部貰って行くからな」 「ええっ!? 後生です、旦那ぁ、勘弁して下さいよう!」 「くそう。じゃあ三分の二」 「半分で! 頼みますよう!」  このオヤジの情報は時に非常に有益なのだ。仕方なくシドは半分で手を打ってやった。リモータを突き出して暗黙の了解となっている料金を支払う。通常の客と比べて格段に安いが、シドは律義にも必ずカネを払うのだ。  紙袋に詰めた違法ドラッグをオヤジは本当に涙目でシドに手渡した。 「危ねぇ奴には売るんじゃねぇぞ」 「ちゃんとIDも取ってますんで。ああ、厄日ですよ、もう。なのにカネまで払うってんだから旦那は始末が悪い。要らないって言っても聞きゃしないんですから」 「ふん、カネ抱いて地獄に堕ちろ。じゃあな、また来る」 「……お気をつけて」  外に出るとハイファは黄色い明りの世界がまるで酔夢だったかのような気がした。 「そのクスリ、いつも通り公園で廃棄処分だからね」  悪徳警官に念を押しながらも、こんな違法捜査をしているシドに対してハイファはもう何も言わない。誰よりもシド自身が己の胸に問い続けていることであり、清濁併せ呑んでこの街で刑事をやっているのだと理解しているからだ。
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