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第15話
宙艦内、窓際の席でシンチレーションなしの星々を眺めるシドの横顔にハイファはそっと訊いてみた。
「シドはミカエルティアーズをジョカで作ってる、そう思ってるの?」
「そりゃそうだろ。でなきゃ何でロニアマフィアの分家とやらはシンノー星系に拘ったんだ?」
「あ、そうか。シンノー星系ではテラ連邦議会の植民地委員会による入植当時から、薬品の生産は始まってたんだってサ」
「薬屋のオヤジが言った通りだな。で、それはいいが、ジョカが工業星ってことは、そっちの方で薬は作ってんだろ?」
ファイルを繰って目を通したハイファは頷いた。
「そうみたい。ジョカには医薬品会社の工場と研究所が集合してて、その薬品のデータは門外不出なんだって。だから一般人は第三惑星ジョカ自体に入れなくなってる。星系外便の離発着宙港はフギにしかないし、フギからジョカ行きのシャトル便なんて出てないんだよ、どうするの?」
「入れねぇんじゃ困る。関係者の艦に何とか潜り込む手だな。他は何があるんだ?」
「んー、ジョカは殆どが海で、八仙と天符っていう小さめの大陸だけしかない」
「ふうん。でもマフィアが目を付けるくらいだ、歓楽街とかあるんじゃねぇか?」
「それは第四惑星フギの方だね。玄天って一大歓楽街があるみたい」
「そいつは要チェックだな」
あとは別室資料にも特に目を引く記載はなく、ハイファはホロスクリーンを閉じた。その途端、シドは五体が砂の如く四散していくような、不可思議な感覚を味わう。一回目のワープだ。
「ふう。ちょっとシド、貴方顔色がよくないよ」
「別に何てことねぇんだがな」
「だめ。これ被って寝てて」
と、ハイファは備え付けの毛布を取り出して広げた。
「お前も寝るなら俺も寝てやる」
「ったく、子供じゃないんだから」
「どうせワープラグ対策に寝るんだろ? ならいいじゃねぇか」
ワープラグとは他星に行った際の時差ぼけのことだ。
「仕方ないなあ、もう」
そう言いながらも嬉しそうなハイファは自分とシドに一枚の毛布を被せると、そっと毛布の下でシドの手を握った。
「ほら、貴方が眠らないと僕も寝ないよ」
横顔に視線を感じつつ、シドは素直に目を瞑る。
◇◇◇◇
到着十五分前のアナウンスでシドは目を覚ました。隣でハイファも起きたようだ。
まだ寝ていたいくらいだったが、手は自然にリモータ操作して艦内の電波を拾い、シンノー星系第四惑星フギの首都コーヨウ時間をテラ標準時と並べて表示している。
「自転周期が二十六時間二十二分十七秒か。少し長いな」
「到着時間は二十三時、現地は夜だよ」
「夜の方が歓楽街に行くのに都合がいいだろ」
「早速、行動開始? いいけど無理は禁物だからね」
「へいへい」
まもなく宙艦は高陽宙港に無事到着、接地した。列を成す人々に混じって並び、エアロックを抜ける。外は夜気が涼しかった。リムジンコイルに乗り込み運ばれた宙港メインビルは三十階建てくらいの割と古い建築物だったが、中は明るく清潔だ。
通関をクリアして自由を取り戻すと、まずはロビーに設置されたインフォメーション端末でコーヨウと歓楽街である玄天のマップをリモータにダウンロードする。
「ゲンテまでは定期BELが出てるみたいだね」
「この宙港からか?」
「うん。毎時ジャストに屋上停機場から出航してるんだってサ」
「よし、次の便に乗ろうぜ。一般人にはジョカに行く手立てがなくても、マフィアの分家とやらは必ず出入りしてる筈だからな。端緒だけでも掴みたい」
「イヴェントストライカがそう言うなら仕方ないね」
思わぬところで嫌味な仇名を口にされ、シドはハイファを睨みつけた。
「お前な。嫌な予感がしてくるから、そいつを言うなよな」
「ごめん、つい。でもワープしたばっかりなんだから何かあったら即タオルを投げさせて貰いますからね」
「分かった分かった。屋上、行くぞ」
エレベーターで上がった屋上は透明の風よけドームで覆われ、ライトで照らされた中、あちこちの都市に向かう定期BELがスタンバイしていた。
だが時刻はまだ二十三時三十分、二人はゲンテ行きのチケットだけ購入してリモータに流し、透明素材の風よけドーム越しにコーヨウの街を眺める。
「歴史ある星系首都で、よっぽどの大都市かと思ってたんだがな」
確かに高層建築は多かったが何処といって特徴のない都市にシドには思えた。明かりの消えた窓が大半で、想像していた煌びやかな夜景とはかけ離れている。
「これでも結構な発展ぶりだと思うけどね。工業星が他にあることを考えればベッドタウンみたいなものだし、最近は後発星系の方が本星セントラルを模していて派手だったりするし」
「ふうん、そんなもんか。しかしこの時間に利用客は多いな」
背後を振り返ったシドは旅行用荷物を持ったツアー客の一団を眺める。その一団だけではなく個人客も右往左往していた。ここだけはタイタン宙港並みに賑やかだ。
「ゲンテが目的でやってくる人も少なくないんじゃない?」
「ロニアがタイタンからワープ一回、危ない思いをするよりワープもう一回分の手間かけるだけで安全に遊べるなら、こっちを選ぶ奴も多いってか」
「そう。でもここにもきっとミカエルティアーズが――」
「流れてねぇ方がおかしいだろうな」
外を眺めるのにも飽き、客用ベンチが並んだ一角に移動する。目的はエアカーテンで仕切られた喫煙ブースだ。そそくさとシドが煙草を咥える傍でハイファはオートドリンカにリモータを翳し、クレジットを移してホットレモンティーを手に入れた。
ベンチに腰掛け煙草を吸うシドにハイファは飲みかけの保温ボトルを差し出す。
「ご飯も食べてないんだから糖分補給して」
「って、テラ標準時で十四時か。すまん、忘れてた」
「いつもお腹を鳴らしてる人が捜査となれば何にも見えなくなっちゃうんだから」
「悪かったって。着いたら真っ先にメシ食おうぜ」
「当然でしょ。貴方は蛋白質とカルシウム摂らないと」
「あんなに蛋白質を出しちまったからな」
「そう、タンパク質を……って、そうじゃないよ!」
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