第16話

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第16話

 煙草二本で切り上げ、糖分を摂った二人は定期BEL乗り場に移動し、キャビンアテンダントが掲げるチェックパネルにチケット表示したリモータを翳してタラップドアを上った。 「やっぱりゲンテは相当潤ってるみたいだな」 「BELも結構新しいよね」  この大型BELは定員が五十人ほどだったが隣にも同じ型のBELが駐まり、客を次々と呑み込んでいる。こちらはもう満員に近い。  やがてキャビンアテンダントが上ってきてタラップドアを閉めた。アナウンスが入って風よけドームが開くと大型BEL二機は連なってテイクオフ、夜空に駆け立つ。  糖分に刺激されたか、今頃になって腹の虫を鳴かせたシドが訊く。 「どのくらいで着くって?」 「直行便だけど、一時間は我慢だよ」 「へえ、二千キロ以上離れてるのか」  窓外は暗いばかりで見るべきものもなく、そのうちシドは眠ってしまった。 「シド、もう着くよ、起きて」 「んあ、早いな」 「でしょうとも。窓の外はちょっと見ものだよ」  言われてシドは窓外を覗いてみる。空港が近くなり低速・低空で飛ぶBELの目下は色鮮やかな光の洪水だった。高層ビルが殆どないにも関わらず宝飾店のショーケースの中身をかき集めたように、煌めく光の粒子がボウッと燐光を放っているようだ。 「大したもんだが、こいつは何処かで見たことがあるぞ」 「でしょう? ロニアにそっくりだよね」 「中身までそっくりでなきゃいいけどな。マフィア情報はねぇのか?」 「と、思って、これ」  十四インチホロスクリーンに浮かび上がったのは軍中央情報局第四課、組織犯罪対策課の基礎資料から抜き取った主なマフィアファミリーのドンたちのポラだった。  それぞれが一癖ありそうな面構えである。 「クレイトンにナイトリー、バークレーとブラッドレイの四大ファミリーとは立派なモンじゃねぇか。ナイトリーがロニアのビューラーファミリーの分家、こいつだな」 「いきなりマフィアにカチコミ食らわせないでよ」 「分かってる、メシ食ってからだ」  本気かどうかポーカーフェイスからは窺えずハイファは天を仰ぐ。  やがて二機の大型旅客BELは下降し、煌びやかな都市のふちにある電飾も眩い宙港へとランディングした。  降機しても宙港ビルに向かってくれそうなリムジンコイルはいなかった。代わりに何台もの無人コイルタクシーと、ツアー客用なのか大型コイルが待ち受けていた。  殆どの客たちは勝手が分かっているのか、それぞれ一斉に散ってコイルに乗り込んでしまった。宙港面に残ったのはシドとハイファの他、初心者らしき大荷物を抱えた数名の客とタクシーが二台、あとは停泊する宙艦の黒いシルエットのみだった。 「ちょっと寒いね。で、どうするの?」 「乗るさ。メシだメシ」  無人コイルタクシーの一台に乗り込むと座標指定のモニタパネルを二人で眺めた。ペン型デバイスでモニタを指すとポップアップで『お勧めの店』なるものが出る。 「こういうコマーシャルのスポンサーって怪しいよね」 「マフィアのシノギ絡みだろうな。いい、適当に流して適当に駐めようぜ」  そこでハイファは『お任せコース』なるものを選択した。タクシーは身を浮かせて快調に走り出す。宙港面から直接大通りに乗り出したタクシーは、すぐに左に曲がった。  するとそこは既に電子看板の洪水で人も洪水だった。 「うーん、やっぱりロニア並みかも」 「まともに走らねぇな。いったい何処からこんなに湧いたんだ?」 「わーっ、轢いちゃう、人轢いちゃうって!」 「本当にこいつが『お勧めコース』かよ?」 「違うって、『お任せコース』だよ。たぶん乱数的に道を選んでるじゃないかな」 「失敗したな。降りようぜ」 「それが正解かも」  距離の割にはやや高額のクレジットを支払い、二人は光の街に降り立った。人波に同調していないとぶつかってしまうくらいの人口密度の中、二人は足早に歩き出しながら周囲を見渡した。通りの両側に立ち並ぶ店舗を観察する。  電子看板やネオン、頭上に飛び出してくるホロ映像に呼び込みの声、人々の会話に店から流れてくる景気づけのBGMなどで視覚と聴覚が麻痺しそうだ。  はぐれないようシドが左手を差し出す。ハイファも左手でしっかり握った。 「この辺りはゲーセンに家電屋ばっかりだな」 「まだ街の外縁だからね、ご挨拶ってとこじゃない?」  テラ連邦では認可していないカジノや売春宿などは、もっと奥地にあるのだろう。 「けど、もうあそこに立ってるぜ」 「えっ、何が?」 「売人。そっちの黒いTシャツがしきてんだ」 「へえ、何を売ってるんだろうね。買ってみようか?」 「いい。下手な安モン掴んでパクられたら馬鹿を見るだけ、それよりメシ屋だ」 「あそこに派手なイタリアンらしいお店があるよ。その先にはナントカ飯店だって」 「ここで地味な店を探す方が無理だろ。近い方でいい、行こうぜ」  半ば怒鳴り合わなくては互いの声さえも聞こえない状態から一時撤退したかった。  しなやかな足取りでシドは人の海を泳ぎ渡っていく。手を繋いでついて行くハイファも上手く人をすり抜けて、その店の軒先まで泳ぎ着いた。改めて看板を見上げる。 「リストランテ・フレデリコ。これってテラ連邦でも有名処のチェーン店だよ」 「こんな店、よそにあったっけか?」 「ほら、官舎の地下ショッピングモールにもファストフード街にもあるじゃない」 「ああ、あれか。それにしてもいやに派手だな」  店舗の上ではネオンが輝いているだけでなく、ピザとスパゲッティがアダムスキー型円盤の如く、プレートごとぐるぐる廻って飛んでいた。
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